[携帯モード] [URL送信]
197



 一報が届いたのはそれから二十日後の昼過ぎだった。
「馬鹿な!」
 携帯端末から齎される凶報にキリアンは椅子を蹴立てて立ち上がる。
 イクサム内に唯一設置されていたジオ直轄の戦略情報基地が落とされ多大な人的、物的被害が発生したというものだった。死者、重傷者が多数発生し、ヘザーも酷く損傷しているそうだ。
「死んだのか」
 馬鹿を言うなと怒鳴られて安心したのも束の間、ヘザーのリモート体が突然停止したと聞いてはっとする。携帯端末を放り出し暗号解析中の端末に飛びついた。
「! くそっ!」
 せっかく解析した暗号が再び組み上がり始めていた。キリアンは大慌てでキーボードを叩く。
 放り出した携帯端末からは微かに喚き声が聞こえてくる。手が離せないキリアンは周囲に助けを求めた。
「すいませんがどなたか、音声出力をスピーカーに切り替えて頂けませんか」
 彼の様子から何か起こったのだと察していた職員たちはキリアンの懇願に尻込みする。ただちょっと端末を操作するだけでも、恐ろしげなものには関わりたくないのだ。
 真っ先に手を貸したのはコルドである。副本部長が止めるのも振り払って要望通り携帯端末を操作した。途端
「てめえ聞いてんのか!!」
 とゴルデワ語の罵声が飛び出した。思わずコルドもビクリとしたが、キリアンは手を動かしながら冷静に対応する。
「吃驚して落としたんだ。聞こえてるから喚くな。――で、ヘザーはそっちで何とかなりそうなのか?」
「馬鹿か! ぐちゃぐちゃだって言ってんだろうが! ニコラは脳幹剥き出しになってるしユートは自発呼吸が出来てない。それから――」
「分かった、紅隆に繋げてもらう。ちょっと待て」
「映像送るからそっちで解析してくれ」
「了解――音声入力起動」
 コルドの手の中の携帯端末はキリアンの命令に添って今の通話回線を維持したままロブリー家に電話をかけ始める。電話は程なく繋がった。
「もしもし?」
 緊迫した空気の中響いたのは、今の状況に似あわない可愛らしい声だった。流石にキリアンも一瞬虚を突かれたようだったが速やかに気を取り直して言語をサンテ語に切り替えて名乗る。
「ロゼフ、パパはその辺に居ないのか? 今日の当番はジョージだっけ? 側に居ないのか?」
「さっきサイノさんからでんわきた」
 キリアンが今必死で食い止めている暗号解析は、そもそもヘザーの独自回線を用いて行われていた。フルビルディーの彼女は自身である本体の他に常時三台のリモート機を稼働させている。現在イクサムに配置され機能停止したという正にその機体がこの暗号解析を担当していたのだ。親機の損傷が子機の停止に繋がったのは間違いない。同様の事態が残り二機にも起きたのだろう。
「ロゼフ、この電話ジオの方に繋いで欲しいんだけど分かるかな? 電話の機械に緑色のボタンあるだろう?」
 子供は「えー」と駄々を捏ね始める。電話で話す事が嬉しいのだと分かってはいるものの、今はそれを許してやれる状況ではない。キリアンが苛立ち始めた時、突然電話の相手が替わった。「かえして!」と子供の悲鳴が聞こえる。
「申し訳ありません、ロブリーです」
「ジョージ!」
 キリアンは南軍イクサム別働部隊で死傷者が出て早急な救命措置が必要なことだけを説明し紅隆に通達してくれるよう要請した。
「……ニコラがやられたんだな。ちょっと待て」
 やはりジオに居たリモート機に異変があったのだ。
 電話は直ぐに紅隆に切り替わり、空間術での救援を了承させる。
「詳しいことは現場に聞いてくれ。今繋ぐ」
 携帯端末に、ずっと保留状態にしてあったイクサムからの回線と現回線とのリンクを命じてようやく暗号解析の逆流現象に集中できる。
 別働部隊からの映像データの受信が完了したのは逆流現象を食い止めた数分後の事だった。





[*前へ][次へ#]

17/30ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!