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「やめろ、気持ち悪い!」
 普段女言葉を使う部下が、ランティスの前では口が悪くなることにコルドは何となく気付いていた。
 この日もランティスが歌唱指導のためにやって来ていた。
 彼に指導を要請したのはあくまで外務庁なので、コルドに挨拶に来る以外は基本的に第一執務室周辺を拠点にしている。対策本部の副本部長が民間人の出入りを激しく嫌がったのも理由だ。
 コルドと挨拶を交わして踵を返したランティスだったが、この日は普段素通りするアリシュアの元まで行くと徐にその手を握り始めたのだ。
 本部長席からでも部下が総毛立っているのが見て取れる。彼女は振り解こうとしているようだがランティスはそれを許さない。
 アリシュアの右手を両手でしっかりと握って、どうやら感触を確かめているようだ。
「……昔より随分柔らかくなっているようだが、お前ゼルコットは持っているんだろう?」
「!」
 かなり本気で抵抗を見せていたアリシュアだが、ぴたりと動きを止める。ふい、と顔を逸らし小声で何か言っているようだがこの距離では聞こえない。
 ランティスが離した手をアリシュアは服で拭う。
「何なんだ急に……」
「いや、……この間お前のお仲間に会ってな。お前の方がまだ全然硬いけど」
「はあ?」
 ランティスは説明する気が無いようで、一人で勝手に納得するとさっさと出て行ってしまう。
 アリシュアはまだ手を拭っている。舌打ちがここまで聞こえてきた。
 周囲の女性陣が好かれているのではないのかと囃し立てるが、当の本人は鼻で笑う。
「死んでもお断りよ」
 これまでのランティスの態度を見るにつけ、その可能性は低いだろう。最初に兄妹設定を持ち出したのも彼だった。
 ではあの二人はどういう関係なのか。再考する間もなく再び来客が現れた。ヘザーである。
 彼女はこちらに黙礼し真っ直ぐに砦に向かう。
「持ってきてくれた? ――なあに、その顔」
 ヘザーに隠れてキリアンの表情は見えなかったが彼女が実況してくれたので何となく察することが出来た。
 砦までの距離は会話の盗み聞きには中々不便で、尚且つ横から副本部長の喚き声で更に聞き取り難い。コルドは副本部長を無理やり黙らせ仕事に集中しているふりをしながら耳に全神経を傾ける。
「こんなもの何に使うんだ」
「使者のバックアップにはこれくらい必要よ。勿論使わずに済むならそれに越したことはないけど」
 不意にヘザーがこちらを振り返る。視界の中でその様子を捉えていたコルドは、書類に目を通している体を装っていたことを自分自身に感謝した。
「だからエテルナが随行しているんだろうが」
「勿論フライハイトのことは信じてるわよ。でもこれが私たちの仕事なんだもの。もし危害を加えられたり……殺されたりした時は直ぐに報復措置を実行する必要がある」
「死亡確認時点で全ての業務は一時凍結される」
「情報が錯綜して現場が混乱しているのよ。怒り狂った部下が相打ち覚悟で敵将の首を取る――、ジオは事件に関与した者を処断してお終い。粛々と新政府に譲位されるのは害虫が一匹減った世界って訳。どう?」
 キリアンは答えない。肩を竦めたヘザーは手元で何か操作をして――突然、一抱え以上もある細長い銃器が出現した。
 本部内は騒然とするがヘザーは気にも留めず手元の武器を見分し始めた。
「流石に良いもの使ってるわね」
 見るからに重そうなそれを彼女は事も無げに構えて見せる。銃身が異様に長い。
「ヴァンパイアチルドレンってやっぱり凄いのね。私ですらこれを制御調整するには専用のシステムを組まなくちゃいけないのに生身でやってのけるんだから」
「良いからその物騒な物を早く仕舞え!」
 出てきたとき同様、銃はあっという間に消え失せる。彼女は騒がせたことを詫びながら紙袋を一つ提げて去って行った。




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