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ランティスの生活は至って堕落的である。
高級ホテルで暮らし始めてもうじき四ヶ月になろうとしているが、追われる仕事がある訳でもなく、観光と弟子の指導と外務庁への出入りが全てだった。
キースレッカがいるうちは構い倒していれば良かったが、今はもう遠い遠い土の下だ。
スプリングの効いた巨大なベッドの中で暫くだらだらとしていたが、流石に空腹を感じて身を起こした。
すっかり馴染みになったホテルのレストランで朝食を済ませる。その後部屋でテレビなどを眺めて過ごし、昼過ぎになってようやく立ち上がった。
フロントに連絡して使用状況を確認すると直ぐに入れると言われ、ランティスは取る物も取り敢えず部屋を出る。
このホテルには防音室がある。コンサートなどに来た奏者たちの練習場所として提供されているものだが、ランティスは週に数度、そこを借り受け気が済むまで歌うのだ。
三時間後、大分ましな顔になって出てきたランティスは一旦部屋に戻り仕度を整えて外務庁へ向かった。
軽く歌唱指導をしアリシュアをからかって対策本部を出る。エレベータを待っていると後ろから声を掛けられた。
イリッシュである。
「どうも〜。お世話になってますぅ」
一緒にエレベータに乗り込み一階に着くまで彼女のお喋りに付き合う。主に恋人の上達ぶりに感嘆しランティスへの感謝だった。
財務省へ戻ると言う彼女と別れたランティスは、ふと気を変えて踵を返した。直感の赴くまま奥へと進む。上下移動さえしなければ迷ったとしても窓から脱出してしまえばいいのだ。
「…………とは言ったものの…………」
実際に迷った後では先の自分が如何に楽観的だったのかが分かるというものだ。
「窓も、開かないしっ」
填め殺しではないし鍵も掛かっていないのに押しても引いてもビクともしない。頑固な窓と格闘していたランティスは声を掛けられて初めて人の接近に気付いた。
腕に大量の資料を抱えた若者五人の集団だった。明らかに不審なランティスに相応の視線を向けてくる。
その内の一人が躊躇い気もなく声を掛けたのだ。
細身の長身、淡い金髪に藍色の瞳の温厚そうな若者は、僅かに頬を上気させている。その目が素早く振り返ったランティスの鳩尾のあたりに奔るのが分かった。
「……外務庁の賓客の方ですね。道にでも迷われましたか?」
状況判断が早い。同僚らしい他の若者達、彼が言って初めてランティスが首から提げた許可証に気付いたようだ。
疚しいことなど何もないが不審だった自覚はあるので「そうなんですよ」とお道化て見せる。
「良かったぁ、人に会えて」
これは紛れもない本心だった。
電話でアリシュアに助けを求めようにも、自分がいる場所が分からなければ呼びようもなく、また例えアリシュアが自力で見つけ出してくれたとしてもその後の制裁は避けられなかったろう。
外務庁の正式な要請の下講師として招聘されたランティスだが、一切の手続きを行ったアリシュアからは「用が済んだら速やかに帰れ」と厳命されている。正しく彼らは救世主だったのだ。
「俺、この人を案内してくるよ。悪いけど先に行っててくれ」
金髪の若者は抱えていたファイル束を強引に仲間に押し付け、さっさと行くよう背中を押す。四人は増えた荷物の重さに文句を垂れながら直ぐそこの角を左折して行った。
どちらまで? と爽やかに尋ねられランティスは返答を躊躇う。いい歳をして「探検してました」なんて言えない。そこは伏せて帰ろうとしていたのだと告げると流石に怪訝そうな顔になる。
分かっている。出入り口とは反対方向だということは。
しかし彼は追究したりすることもなく「どうぞこちらへ」と道を示してくれた。代わりにこんなことを尋ねてきた。
「外務庁の歌唱講師の方ですよね?」
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