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少年は感慨深げに生まれ育った巨城を見上げていた。
この日は遠方の学校へ進学を決めた少年の旅立ちの日だった。結構な人数が見送りに出ていたが、母親の姿は見えない。
少年自身、既にそれが当たり前になっているのだろう。最早この母子は血が繋がっているだけの他人のようなものだったのだから。
「母さんの事は、俺らで何とかするから」
そう言われても、彼は表情一つ変えず「そうですか」としか言わない。
苦笑する同僚の横で、俺は何ともやる瀬ない気持ちになる。
この家族は、夫の、父の死を境に、破綻したのだ。
無人タクシーに乗り込もうとする背中を呼び止め、振り返ったところをタックルするように抱きついた。
「ぅわっ!」
ぎゅうっと抱き締めた体は細い。顔は父親そっくりなくせに、こんなところだけはっきりと違う。少し前に抜かれた身長も、年を追う毎に父親に近付くのだろう。
「元気でやれよ」
この子の事は生まれた時から知っている。皆でずっと成長を見守り続けてきた。
もう、自分の子も同然だ。
「…はい。ありがとうございます」
抱きかえしてくる腕も、まだまだ細く頼りない。
車が小さくなるまで見送ると、その足で母親の元まで行く。
この頃では発狂する事もなく、至って静かなものだった。
差し出される書類を黙々と裁いている。
息子は出達したぞと声をかけても無反応。彼女の中でも、息子の存在は抹消されているのだ。
彼女の目の下に色濃く隈が残っている。今も眠れていないのか。
息子にしたのと同じように、机越しに抱き締める。どうしたの?と呼び掛けられても喉が詰まって答えられない。
もう駄目だ。
彼女はもう、立ち直れないだろう。自分が結婚して子供を産んだことすら忘れてしまっているのだ。
つまり自分達も、もう終わりなのだ。
柄にもなく涙が滲んだ。
背中を摩ってくれる痩せ細った手の温かさが、より悔しさを増長させた。
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