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 文部科学省のマテウス・ミーロから相談があると呼び出しを受けたのは二十三日になってのことだった。
 出向いてみるとシクレイズ小学校の校長がアリシュアを待っていた。
 この学校の男子生徒二名が月陰城へ見学に行ったのはつい昨日の筈だ。この時の資料の提出は感想文の作成もあるので来週末と期限を付けているから彼が来るのはまだ早い。
 アリシュアは訝りながら校長に席を勧め、自分も応接ソファに腰を下ろした。
「……ご相談というのは……」
 これはミーロが説明した。
 校長はビデオカメラだけを先に持ってきていた。これは文部科学省の備品であるが、撮影された映像を例のクラスに見せてやりたいと言うのだ。
「え?」
 アリシュアは思わずテーブルの上の小さなビデオカメラを見る。この映像はまだ誰も確認していない、撮影した本人たちは気付かなくとも子供に見せてはまずいものが映り込んでいる可能性があった。
 校長もそれは理解しており、先に政府に確認してもらいたいという。
「……結局確認するつもりだったんだから観てから判断すればいいと思うんだが……」
 文部科学省のみで確認するのは尻込みするのだろう。この応接室へ移動する際に見た文部科学省長官の情けない顔がそれを物語っていた。
 アリシュアも軽々しく是とは言えない。
 返答を保留にしてもらい校長を見送った二人は応接室に舞い戻って対応を話し合った。
 元々ビデオは直ぐに外務庁へ引き渡す予定になっていたが、子供たちに見せるか否かを判断するなら文科省は元より厚生労働省にも声を掛けねばならない。
 更に月陰城内の事なので西殿秘書官に一々説明してもらわねばこちらも分からない。ただでさえ忙しい彼を解説のために三度も呼びつけるのは難しいだろう。
「メンツは部長以上が望ましいけど……うちはどうかな……、何かと理由をつけて拒否る気がするが」
 ミーロの顔には「気持ちは分かる」とはっきり書かれている。そして同時に、画面越しとは言え魔王の根城を見なければならない上司に対し同情の色が見えた。
 アリシュアは考え違いをしているらしい男にはっきりと宣告する。
「あんたも観るのよ」
「は!?」
 案の定ミーロは悲鳴を上げた。逃げ出す準備は万端だと言わんばかりに勢いよく立ち上がる。
「担当者でしょ、当然じゃない」
「いやっ、でも、俺みたいな下っ端が見ちゃまずいと思う方々もいるだろうし!」
「子供が見ても良いか否かを検討するって話しているのに、部下にも見せられないんじゃ本末転倒って言うのよ」
 ミーロは顔を覆ってソファの上に崩れ落ちた。意味不明な呻き声がするがアリシュアは黙殺する。
「案内書は私が作るから。うちには権限委任許可証明書があるからおたくと厚労省の長官まで最速で通すわ。後は各省で人選と日時の擦り合せをしましょう」
 ぐいぐいと進む話にミーロは懸念を示す。
 検討する以前に却下される可能性を提示したが、これもアリシュアが一蹴した。
「既に生徒二名が自分の目で見ているんだから大して違いはないと思うけど。まあ、許可されたとして、見るか否かの判断は見せられる生徒本人に委ねても良いんじゃないかな。――というか、月陰城なんて大して怖い所じゃないんだからビビる必要ないって」
 上体だけ起こしたミーロが外務庁員の頼もしさに感嘆の声を上げる。
「凄いな、まさか行ったことあるのか?」
「フィーアス見てれば分かるでしょ」
 目の前の女はつまらなそうに言うが、ミーロはこれには頷けなかった。
 先月十八日に行われた鑑賞会にはミーロも出席し、アイマスクに頼ることなく一部始終を見届けている。
 あの小さくふわふわした見かけによらず、壮絶な様相の世界王に対して怒鳴りつけられる肝の据わった人物ならおどろおどろしい所でも平気で暮らせそうなのである。





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あきゅろす。
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