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 カップをソーサーに戻す。硝子同士の触れ合う硬い音と外を飛ぶ小鳥の鳴き声が連続して耳を擽った。
 喉と耳でリラクゼーションが出来たとはいえ、目を開ければ余裕の表情でアミンがそこに居る。コルドは勤めて冷静を心がけた。
「詭弁ですね。我々は最近まで西殿を生粋のゴルデワ人だと思っていました。ハルニード人だから別だというのなら、貴女は西殿が出入りを始めた当初から今のように振る舞っていなければおかしいではありませんか」
「食事はしたわよ。でもあの男、にこりともしないし口を開けばスペキュラースペキュラースペキュラー。時局が悪かったとはいえ女心を全く理解していないんだから」
 ロブリーも大変よね、と嘲笑う。
「ワイアット氏なら解ってくれると?」
「そうね。どんな話も快く聞いてくれるし――あ、でもひとつだけ」
 アミンは子供のように唇を尖らせて不満を示した。
「朝まで一緒に居てくれないのよね。目が覚めた時、隣に温もりさえ感じられない寂しさ、貴方分かる?」
 頭が痛くなってくる。こういう態度が内閣官房府組を不安にさせている事こそ、彼女は理解しているのだろうか。
「……彼は忙しいんですよ」
「私を抱くのも仕事なのよね……。私、彼のこと気に入っているから余計寂しいわ」
 アミンはワゴンに手を伸ばし、コルドの分と合わせてケーキを取り分ける。目の前に置かれた皿には二口大ほどの小さな宝石たちが食べてくれとこちらを見上げるが、コルドにはそんなもの目にも入らなかった。
 コルドは地の底から這い出すような声で目の前の元老院を非難する。
「貴女の辞書には不品行という言葉は載っていないのですか。日頃から男女問わず侍らせている事だけでも目に余っているのに……。ワイアット氏との関係が表沙汰にでもなったら……」
 コルドが嘆いている間にアミンはケーキを二つ平らげている。しかしその目は女性がスイーツを食べているとは思えない程苛烈に、自分を糾弾する男を見ていた。
 カチャリ。フォークと皿が立てた小さな音が開戦のゴングだった。
「言った筈よフェルニオ。私が誰とどんな交遊を持とうと誰に口出しされる謂れもない。不品行と言うけれど、就業時間中に淫らがましいことをした覚えはないし、春宮に入れる人材も厳選しているわ。レニングスと一緒にしないでちょうだい」
 コルドの眉がピクリと上がる。知らないらしいと見てアミンが侮蔑の眼差しを浮かべながら説明した。
「あの男、半期くらい前から妙な女に入れ込んでいてね。春宮に素性も定かじゃない派手な女を招き入れて昼間からべたべたしていたの。あまりにも見るに堪えなくなって結局は私が追い出したのだけれど。あの女、レニングスを誑かして一体何をしたと思う? この宮殿の見取り図や職員の名簿を受け取っていたのよ。何処の産業スパイか知らないけど、こっちの方が由々しき問題だわ」
「なっ……!」
「大丈夫、全て取り返したから」
 気色ばむコルドにアミンは自制を促すが、とても聞いてはいられない。思わず椅子を蹴って何故そんな話が今頃になって出てくるのかと詰ると、元老院は毅然とした姿勢で座るように命じてきた。
「…………」
「フェルニオ」
 コルドは椅子を起こし着席する。
 アミンは再びフォークに手を取り、ケーキの上に飾られた苺を選び取る。
「貴方が騒ぎ立てるのは勝手だけど、私の事にしろレニングスの事にしろ、国民に開示すればどうしたって元老院と言う威光に疵をつける事にしかならないわ。貴方はそれが望みなの? 外務庁長官」
 屈辱に口を閉ざしたコルドに絆された訳でもないだろうが、アミンは大っぴらに誘うのは止める事にすると僅かながら譲歩を見せた。
「ヴァルセイアの結婚も控えてるし」
 なら初めから自重してくれと思わずにはいられなかった。





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