[携帯モード] [URL送信]
187



 就業時間を二十分も過ぎていたこともありアリシュアは速やかに帰り支度を始めた。
 視線を転じれば連れて来た女がコルドに挨拶をし、差し入れだと言って大きな包みを差し出している。春宮の前で会った時には無かったものだが、彼女はそれをハンドバッグに入れていた圧縮カプセルから取り出したのだ。
 目の前で未知の小型機器から手品のように出てきた箱に、見ていた者の殆どが手を出せないでいる。受け取ったコルドでさえそこからどうしていいのか分からない様子だ。
 察したキリアンがやってきて箱を開け、中のドーナツを一つ取る。何事も無く咀嚼しているのを見てようやく食べ物なのかと気付き始めたようだ。
「はしたないわよ」
 立ったまま食べるキリアンにヘザーは苦言を呈する。反論しようとしたキリアンは再び叱られた。
 ヘザーはコルドや副本部長に会釈すると躊躇いもなく仕事に戻ったキリアンの前に立ち普通に話を始める。彼女がゴルデワ人だと気付いた職員たちは提供された菓子に目をやる。果たしてこれは自分たちサンテ人が食べて平気なのかと。
 そんな一連の様子を見ていたアリシュアは、帰り際ドーナツをその場で一つ完食し、鞄を取りに第一執務局へ向かった。これを見た他の職員たちも、ようやくおずおずと手を出し始めたのだ。
 背後で静かな攻防が行われている中、ヘザーは砦の中に入り込みいくつもあるモニタを覗きながら世界王西殿秘書官に質問をぶつけた。
「グレンはどこへ行ったのよ。クレイの用事って何?」
「知らないよ」
 本当に知らないキリアンには答えようがないがヘザーは当然不満だ。
「ロンの制裁措置、あの子に主導してもらおうと思っていたのに計画が狂っちゃったわ」
 何故西方のレイチェルの行方を気にするのかと思えばそういうことかとキリアンは納得し、げんなりとする。
 よりにもよって貴族に手を出し隠し子という最悪のカードを呼び込んだゾイド。女好きで手が早いことで知られているが、大の男嫌いのレイチェルが今回の不祥事に黙っている訳が無い。男の人権など端から認めていないレイチェルがこんな絶好の弾圧機会を逃す筈は無いのだが、居ないものは仕方がない。
 聞けば南方一派はゾイドの自室にある育児上不適格な物を差し押さえたという。
 彼はスナイパーなので大量の火器弾薬、付属品を押収したそうだ。
「それから、AVやグラビア雑誌! 予想外に少なかったけど……」
 ヘザーが余りにおぞましそうに言うので「一声かければ直ぐに本物が手に入るんだから必要ないんだろう」とは流石に言えなかった。
 ヘザーはまだぶつぶつ文句を垂れながら首から引き出したプラグを端末に差し込む。途端に彼女の周囲や頭上に空間ディスプレイが大量に表示され、それに気づいた何人かがこちらを振り返る。
「ねえ、私を案内してくれた人ってどういう人?」
 折り重なる空間ディスプレイ遮られ顔は見えなかったが、キリアンは声の方向を見上げる。
「外務庁の職員だよ」
「それは知ってるわ。この間マンションに来てた」
「……何か気になるのか?」
 するとヘザーが「何となく妙な感じがした」と言い出したので思わずキリアンは笑ってしまった。フルビルディ―が「感じ」とはまた曖昧な基準を持ち出しものだ。
「失礼ね。ロボットじゃないんだからそういう感覚くらい残ってるわよ」
 けれど本人もあまりに曖昧すぎて巧く処理が出来ていないようだった。顔を見られずに済んでよかったと思いながらキリアンも答える。
「ゴルデワに臆さない貴重な人材だよ。――それより儀堂の方はどうだったんだ」
 ヘザーがハンドバッグを投げて寄越す。中には財布や携帯端末の他に外部メモリが入っている。内容を確認しながら、同様にこちらの情報も掠め取られているのだろうなと溜め息が漏れる。





[*前へ][次へ#]

7/30ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!