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 丁度就業チャイムが鳴った頃、キリアンに客が現れた。文部科学省のミーロだ。
 すっかり顔馴染みのようで傍らに陣取っていたアリシュアに「おう」と声を掛けている。
「何だ、遂に助手に任命されたのか」
「手伝っているだけよ。倒れてもらっても困るし」
 学校の一件以来この両者が相互窓口になり様々な調整を行っていた。先日の生徒たちに対する世界王の陳謝訪問が成ったのも彼らの功績だ。
 ミーロが持ち込んだ書面には月陰城の見学についてとあり、社会見学の名目で生徒二名の入城とビデオカメラの持ち込み、そして安全保障の要請が書かれている。けれどキリアンにとっては全く寝耳に水である。
 キリアンの態度にミーロもまた驚いたらしく、緊張した面持ちで陳謝訪問の当日、生徒の提案に世界王本人が許可したことを説明した。
 同席していたエーデも反対しなかったとなればキリアンがごねるものでもない。
 話が通っていなかったにも関わらずあっさり快諾されミーロの方が戸惑ったようだが、これは完全に認識の違いである。
「うちは子供もいますし不定期で監査も入るので、基本的に見られて拙いものは表に出していません。行動範囲の制限もしているのでそもそも危険なところに入ることも出来ないようになっているんです」
 月陰城内で言うならマクベスがやって来たことでアムロの行動範囲が大幅に広がり安全管理が必要になったこと。西方ならばフィーアスを迎えあの忌まわしい事件が起きたことで世界王のプライベートルームの約八割を完全封鎖したことか。区画の出入りにも官位レベルごとに制限が課されるようになった。
 外部から見学にやって来た子供が、例え案内役を振り切って探検を始めても行けるところなどたかが知れているし、月陰城側の警備問題に関しても、最終責任者のエーデが可としたなら障害にもならないということだ。
「あの後紅隆も寝込んだりツイズも忙しくなってしまったので忘れているんでしょう。……というか、本気だと思っていないのかも」
 大いにありうる話だ。
 自主学習ということで該当の生徒には感想文を提出させるようだ。何とも微笑ましいではないか。
 撮影した映像も同様に政府に提出させたいとある。これに対してもキリアンは快く応じる。前述した通り人目を憚るような物は見える場所にはない。
「あ、でも、うちの軍部のおっさん連中が子供たちを目に入れても痛くない程溺愛しているんですが、それは人様には見せられないな」
 キリアンが笑うのでミーロは冗談だと受け取ったらしいが生憎本気だ。髭面の熊男が幼児に相好を崩す絵はかなり奇怪なのだ。
 ミーロが帰るとアリシュアが紅隆の体調について尋ねてきた。
 一時43℃まで熱が上がったものの既に床払いをしたこと。けれど肉体の損傷や制御が取り外されてしまったことで内外の規格が合わなくなったのが原因なので根本的解決にはなっていないこと。
「リサイズさせてやりたくとも今の状況ではとてもそうは言っていられません。ですので填黄殿にご助力願えないかと、彼の捜索を始めたところです」
「見つかりそうですか?」
 意地の悪い質問にキリアンも笑うしかない。
 アリシュアの助力のおかげで遅い夕飯時までに仕事を片付けることが出来た。対策本部にはまだ半数近く職員が残っているが、彼らが総じて絶句するほどのハイスピードだった。
 関係省庁への書類提出はアリシュアが請け負ってくれたのでキリアンは礼を言って対策本部を飛び出した。キリアンにはまだ月陰城内で仕事がある。
 息も絶え絶え世界王執務室に戻ってくると、待ち構えていた側近に出来たばかりの書面を引き渡し、自分は南方へ城内専用車を走らせる。すぐ隣の六棟とはいえ広大な月陰城のこと、自動走行に設定した車内は仮眠には丁度良かった。





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