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 登録してある端末とはいえ城外からの発信ではそう容易くは目的の相手に繋がらない。自身のIDコードの詠唱と声紋照合を経てようやく人間のオペレーターに辿り着く。しかしそこからもまた長く、通話は強制的に一方向映像通信に切り替えられ個人情報の質疑が始まる。オペレーターにはこちらの様子が見えており、不自然なところは無いかチェックしているのだ。
 関門を抜けようやく執務室に繋がる。ここまで要した時間はおよそ五分程だ。
 電話を取ったのはレダだった。
 キリアンは携帯端末の音声出力をスピーカーに切り替え二人にも聞こえるようにする。テーブルの上に置いた端末に向かって事情を説明すると相手は「ああ、それね」と言ってフィーアスが紅隆を引っ叩いたことを語った。
「僕、ヴィンスがあんな下品に笑ってるとこ初めて見たよ。ざまあ! とか言ってたしね」
 映像があるというので送ってもらった。
 撮影したのは常駐していた戦略AIとバイタルチェックにやって来た医療AIだった。携帯端末に内蔵された投影機が本体の直上に簡易の空間ディスプレイを再現する。二分された画面には撮影角度の違う同じ場面が再生され始めた。
 平手を見舞った本人が真っ青になって逃走すると、打たれた男は顔中に疑問符を浮かべながら振り返る。ほんのりと赤くなった左頬を見て医療AIの左前方にいた男が紅隆を指さして大笑いを始めた。
 成程、いつも眉間に皺を寄せている男とは思えない爆笑ぶりだ。笑いすぎて咳き込んでいる。
「これまで蔑ろにしてきたツケが回って来たな。ざまあ!」
 本当に言っていた。
 この狂乱ぶりと顔を見てキリアンは疲れているのだなと察した。紅隆が意識不明になっている間、世界王業務を代行していたのは側近だ。ここ暫くまともに顔を見ていなかったが、幾分窶れたようだった。
 戦略AI画面の中ではケイキが「自業自得だ」とヴィンセントに同意を示す。「自分の胸に手を当てて考えてみろ」
 す、と立ち上がったマイデルにキリアンもカウラも顔を上げる。厚生労働省長官はそれらには気にも留めず部屋を出ていくので、二人も慌てて後を追った。
 マイデルは第一執務局内をずんずん進み遂に医薬部局の次長席まで辿り着くと、見るからに消沈している背中をバシバシと叩いた。
「ロブリー、良くやらかしたな! この調子でどんどんやれ!」
 けらけら笑っては二度三度と叩く度、フィーアスの小さな姿はぐらぐら揺れる。
 機嫌を良くしたマイデルはキリアンの肩もバシバシ叩くと鼻歌を歌いながら長官室に戻って行った。
 上司の異様な上機嫌を目の当たりにした厚生労働省員たちは逆に不安がり、雪でも降るのではと囁き合った。そんな中でもフィーアスは一人沈んだままだ。そこだけ空気が淀み薄暗くさえ感じる。
「フィーアスさん、今朝のことなら紅隆は怒ってませんよ」
 確認してはいないが、まあまず無いだろう。それに彼女の態度や行動もあれを見た後では当然だと誰もが思った。ハルニード組でさえ主の失言に嘆息した程だ。
 フィーアスは僅かに頭を動かしてこちらを見たようだったが、流した髪に隠れて鼻先も見えない。
「寧ろ貴女はもっと怒った方がいい。丁度良いことに今は制御が外れてアレの状態ですから変な遠慮をなんてする必要ないじゃないですか。もっとぶちまけちゃっても――」
「キョウダさんは、本心しか言いません」
「!?」
 また頭が動く。顔は大分こちらを向いたようだが全て髪に隠れてしまって全く分からない。はっきり言って怖い。
「……結局私は、どう足掻いてもあの人の妻にはなれないんです。このまま仕事を続けても、辞めても、あの人の望むものにはなれない……」
 キリアンはちらりと壁掛け時計を見る。外務庁を出てから既に三十五分が経とうとしていた。





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