12
夜風に乗って歌が聞こえてくる。
歌声は甘く、柔らかい。その耳慣れぬ旋律に人々は振り返り、歌の主の背中を見て皆一様に驚いた。どう見ても男だったからである。
「……恥ずかしいんだけど」
昼間通った道を戻りながら、セルファトゥスは隣で気持ち良さそうに歌う連れに言った。歌うのはいつもの事だが、こんなでかい通りを通行中にやらないで欲しい。
するとランティスは「皆がこっち見てるってか、自意識過剰なんじゃねーの」と替え歌にした。自分が武闘派だったら一発ぶん殴っているところだが、人など殴ったらこの手は無事では済むまい。そんな鍛え方はしていないのだ。
大通りから道を一本中に入った時だった。隣では相変わらず素晴らしい歌声が垂れ流れている。
セルファトゥスが急に立ち止まったのでランティスは歌うのを止めて振り返った。
何?と訊ねるのを掌で制したセルファトゥスは、首を巡らせて慣れた感覚に神経を尖らせる。
「誰か入ってきた」
用心の為にと張っていた非常線に触れた者がいる。一昨日は猫だったが、今度は明らかに人だ。
酔っ払いが出るには早すぎるし、あんな路地の奥まで用のある者などいまい。ランティスも怪訝そうに眉を寄せた。
とある路地の奥には政府の知らない次元口がある。彼等はそこからやって来たのだ。
人通りの多い路を二人は無言で進む。しかし先程までとは違い、両者共些か緊張していた。
通りは昼間と雰囲気ががらりと変わる。家族向けの街から大人向けの街に早変わりという訳だ。路上駐車もそこここで見られる。
目的の路地に到着すると、二人は無闇に踏み込まずそっと中の様子を伺った。しかし当然ながら暗くてよく見えない。明かりを灯したセルファトゥスが先頭に立ち、そろそろと奥へ進む。
「だっ……!」
ブン……、と音がした直後、セルファトゥスの顔面に何か硬いものが飛来した。反動で仰け反り、指先の灯りが宙を向く。一瞬その灯りが凶器を照らし出したのをランティスは見た。
しかし間を置かずセルファトゥスに襲い掛かるものがあった。ランティスには何が起きたのか分かる筈もなく、襲撃者は世界一の魔術師をあっさりと打ち倒してしまったのだ。
はぁっ?と頓狂な声しか出なかった。ここは平和惚けの国サンテではなかったのか。
お前ランティスか、と暗闇の中から声がした。
意識があったのはそこまでだった。揺さぶられ目を開けるとそこは細い路地などではなく、だだっ広い荒野のど真ん中だった。
「……痛った……」
首が痛い。セルファトゥスも同じように首を押さえていた。大丈夫かと訊かれ、ランティスは頷く。
「何だよ今の……」
今ではないのだ。天上には擬似太陽が煌々と輝いている。丸一晩は経っていた。
「お前銃は?」
え、と顔を上げると、目の前にモスコドライヴだったものが差し出された。銃痕と思われる穴がぽっかりと開いている。
ランティスは慌てて全身を探ったが、無い。
「えっ、何、どういうこと?」
覚醒間もない頭では思考も覚束ない。つまり、と残骸でガリガリ頭を掻きながらセルファトゥスが解説する。
「俺達を襲った奴はこいつを使って次元口を開けた後、そこに俺らを放り込み、ドライブの回転を止めてからこいつもついでに投げ入れて、お前から奪った銃で打ち抜いた……」
「いや……意味分らん」
俺だって分かんねえよとセルファトゥスは項垂れる。分るのは襲撃者が非常線を犯した人物と同一だろうという事だけだ。
「女だ」ランティスはドライブを見つめながら思い出していた。「俺の名前知ってた」
最初にセルファトゥスを襲った物体はヒールだ。声も女のものだった。
他にはと目で問われ、ランティスは首を振る。振った首がずきりと痛んだ。
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