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 ビオロに建設中のマンションは当初、全戸数三百を予定し工事に着手した。けれど着工から僅か十日で土地を含む権利の全てを第三者に買い取られてしまった。マンション建設計画段階で入居を希望し一戸分を買っていた町職員三名からも。
 現在、内装工事にまで進んだ段階での戸数は百二十。新たなオーナーの意向で大幅な変更がされたのだ。急な内容変更に現場は戸惑ったが、幸いにも土台作りの最中だったのもあり難しくはなかった。
 最近のキリアンはロブリー家と対策本部、そしてこのマンションの間をぐるぐる回り、時にお声が掛かればこれらを全て放り出してアミンのご機嫌取りに出向くという生活をしている。
 この時はマンションの居住スペースの一室にいたのだが、仮眠でもしようかと横になった矢先に緊急事態だとたたき起こされた。
 ぼんやりしながら南軍人に従って2001号室へ向かう。この部屋はニコール・ヘザーが自室としているが、出向いてみれば南方サンテ派遣組幹部七名全員が揃っていた。その物々しい雰囲気に慄いたキリアンだが、彼らが示したそれを見て緊急事態の意味を理解した。
「いつかやると思った」
「馬鹿だ」
「……ていうか大丈夫なのかこれ。まだディレルの意識も戻ってないのに」
 口々に非難や心配の声を上げる男たちの中、紅一点のヘザーが軽蔑を隠しもせず吐き捨てた。
「……認識が甘かったわね。相手が誰であれ、やっぱりあの時切り落としておけば良かった……。……これだから下半身で生きてる奴は信用ならないのよ」
 他の時なら男たちは庇ったろう。だが時期が悪すぎる。相手が悪すぎる。
 囲んだモニタの中には赤ん坊を抱かされた北方軍司令と抱かせた改革派のノルティベイグ伯爵が映し出されている。淡々としている伯爵に対しゾイドは真っ青だ。同席していた北殿筆頭秘書官エルダと南殿秘書官のホランドは今にも倒れそうになっている。
 画面の中で伯爵は子供についての注意点をいくつか述べ、それらを記した手帳と当面の食事やおむつの入ったケースを示した。
「……五十分前の映像だ」
 丁度キリアンの隣に立っていたカナエワが教えてくれる。この後、当然ゾイドは「そんな訳あるか」と抵抗したが伯爵はDNA鑑定を要請し、つい先程赤ん坊とゾイドの父子関係が確定したという。画面の中ではゾイドが今となっては滑稽ですらない抵抗をしている。
 鑑定中に事態を知ったエーデは激しく憤り、ゾイドから無期限で司令権を仮剥奪し副官コーリンを暫定司令に任じた。現在北殿代行を務めているイゼルも何も言わなかったそうだ。
 南方にとってこれは強烈な一撃と言えた。南方はこれから、膠着状態に陥っている事態の打開に世界王本人を送り込む計画を立てている。ノルティベイグ伯爵の襲来はその牽制と時限爆弾の堂々設置を無条件で受け入れさせたのだ。
 西方にとっても静観できぬ事態だ。伯爵は子供のことは自分の周囲十数名しか知らないと言ったらしいがこの先彼女が誰にも喋らないとは限らない。今は大人しい改革派だが平生ならこんなネタを放っておく筈が無く、改革派が騒動を起こせばギデアインらがそれを隠れ蓑にしてこちらの包囲をすり抜けるのも易くなる。
「奥さん呼んでおいて良かったわ。エーデの機嫌は彼女にどうにかしてもらいましょう」
 元々忙しさによる不眠と連邦軍からの派兵通達で機嫌は悪かったのだ。こうなってはツイズ夫人のあの超豊満な胸の威力に縋るしかない。
 こうなっては本来の職場を空ける訳にもいかず、ヘザーは一旦城に戻ることに決めた。
「隣の方は続けておくから」
「! あ、ああ、頼む」
 ある筋から齎された儀堂侵入の事実。
 捕らえたエレニ・クレウス以上の大事件だ。ヘザー協力のもと儀堂のOSをチェックしていたのだが、能率低下は致し方ない。




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