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 再び次元口を通って南殿側近に挨拶をし1013号室に戻って来ても、マイデルの口撃はまだ続いていた。紅隆本人は特に堪えた様子もないが――マイデルはそれすら気に入らないのだろう――、辟易していたのは控えていた六人だ。銘々座り込んでしまっている。
「大丈夫かお前たち」
 マイデルの口に慣れている厚労省員らはともかく、外務庁員たちの困憊が酷かった。世界王が目の前にいることも忘れて胡坐をかき頬杖をつき寝ている強者までいた。
「……キャネザ、疲れたか?」
 呼びかけると抱えた膝の上からアリシュアがのそりと顔を上げる。すいませんと言いながら慌てて口元を拭った。
「……よく寝られるなお前……」
 隣の同僚が草臥れた様子で漏らす。慣れよ慣れ、と眠気の残る声でアリシュアは応じた。
 コルドは腕時計で時間を確認する。流石にそろそろ戻らなければならない。
「おいシルヴィオ、いい加減にしないか。西殿は病み上がりなんだぞ」
 言いながら腕時計を示して見せると厚生労働省長官は強烈な舌打ちをし、これで勘弁してやるとばかりに世界王を一睨みした。
「クソが!」
「………………」
 さっさと立ち去ってしまった上司に代わり、よろよろと立ち上がったカウラが心底申し訳ない顔で世界王に頭を下げる。コルドも紅隆に挨拶をした。
「また改めてお話と、ご挨拶に伺わせて頂きます」
 何を聞いてきたか分かっているのだろう。紅隆は「怖いな」と笑った。
「歳青殿にも宜しくお伝え下さい。随分良いところの物件をお買いになったと」
 皮肉で言ったつもりだったが世界王の反応は想像と違った。彼はすっかり冷めてしまったコーヒーを啜ると面白そうにコルドを見上げる。
「買った当時は次元口よりも公爵領内であることの方が大きかったようですよ。次元口があったからたまたまそこだっただけで」
 コルドが眉を寄せると紅隆は手短に説明を始めた。
「歳青殿は公国担当だった填黄殿と幼馴染に近いような関係で、情報交換もかなり綿密にされていたようです。当時はまだ友好関係にあった貴族でしたが、保険の代わりだと言っていましたよ」
 部下を引き連れ一足早く整備が完了した駐車場まで戻ってくると、建設業者の車を背景に、先に出た筈の厚労省一行がまだそこに居た。部下たちを車に乗せマイデルが一人立っている。キリアンに聞きたいことがあったらしい。
 先の剣幕に及び腰の世界王秘書官が何かと尋ねると、マイデルは南殿側近の事を聞きたがった。
「西殿に聞けばよかったじゃないか」
 コルドがそう言うと煩いと一蹴されてしまう。
「側近ということは文官でしょう? そんな人に護衛が務まるのですか」
 今の今まで世界王を最も危険に晒していた男の言えることではない。しかしキリアンは気にするでもなく快く答えた。
 ゴルデワにはどの国家にも属さぬ独立機関が多数あること。彼はその内の一つ六合連邦所有の軍部に長く在籍していたこと。ジオに引き抜かれた際も軍属登用だったこと。連邦軍は本部である六合連邦よりも力関係が強く、必要に応じて政治外交も行い、彼にもその経験があったこと。側近と云う役職は前歴に関係なく選出されること。今は世界王所有軍の南方司令と月陰城全体の軍の総司令も兼務していること。
 ぽかんとする長官二人を内心憐れみながらキリアンは言い添える。
「あいつは見た目が良いですからね。荒くれ野郎だとは、まあ思いませんよ。――因みにヘザーも軍属です」
 今度は比較的長く接触のあったコルドのみが顔を強張らせる。色気のある行政職員くらいに思っていたのでこれには非常に驚いた。
 そのヘザーが対策本部にやって来たのは週明けのことだった。丁度内閣官房府から戻ってきたコルドと鉢合わせたが、帰るところだったようで会釈だけして立ち去ってしまった。





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