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 ただ穴を潜った、そのくらいの感じしかせず、コルドは自分の体を探ってみたがおかしくなったところは無い。そういえば先日ロブリー宅から月陰城に入った時も同じようだったと思い出す。
 それほど広くもない部屋には真っ赤なカバーの掛かったソファが一台鎮座しているだけ。ソファに掛けながら壁のポスターを見るしか用をなさなそうだ。
 ヘザーに導かれ部屋を出ると直ぐに階段が有り、それを下る。同道したキリアンも初めて来るようで物珍しそうに辺りを見回していた。
 リビングまでやって来るとカナエワと同じ格好をした男が二人、民間人に見える若い男女が一人ずつ歓談していた。ヘザーが一同にコルドを紹介すると女が立ち上がって恭しく頭を垂れ茶の支度を始める。
 突入隊員風の男たちに席を譲られ状況を理解しきれないままキリアンと並んで腰を下ろす。プラスチックガラス製のローテーブルを挟んだ正面にいる若い男がにこりと笑った。
 その隣、女が座っていた場所に陣取ったヘザーはまずこの場所の説明から始めた。
 今現在、ジオ――取り分け南方と真正面から睨み合っている公爵の治めている国内の、首都の隣の州であること。イクサムという名詞は以前フライハイトに見せられたニュース映像で既に聞いていた。
 そこへ丁度紅茶とクッキーが饗される。女はコルドとキリアンの前にだけカップを置いた。
「?」
 まただ。誰も気にしていない様子に何も言えず、コルドは壁際に控えた突入隊員の横に並ぶ女の背中を見送った。
「この家は先程通ってきた次元口の確保と同時に公国内での隠し拠点の一つとして先代世界王が買い取った個人所有物件です。無論、間に何人も代理人を挟んではいますが。これらはここの管理AIです」
 ヘザーに示され男と、見れば壁際の女も同様に会釈をしてきた。
「……えーあい……」
「ええ。時々生身の代理人が様子を見に来ますが、基本この二機で維持管理と国内情報の収集を行っています。このすぐ近くに情報基地がありまして、我々は今回、先代に事情を説明し許可を得て間借りしました」
 そうですか、と返事をしかけてハタと気付く。サンテ側の次元口はシーズヒルの事件後、例の隊長探索時に発見されたものだと聞いた。しかし今の話では先代世界王の時代には既に突入突出位置が分かっていたということになるのではないか。
 疑問をぶつけてみれば案の定キリアンは白状した。
「申し訳ありません」
 建設中のマンションを買い取った時期ももっと早いという。思わず唸ったコルドは紅茶を一口流し込んで荒れる気持ちを落ち着ける。
「その先代というのは貴族関係の担当の方ですか? 敵対勢力内に拠点を置きたいのは分かりますが……」
「ああ、いえ。歳青殿です。昔何度かサンテに伺っているんですが……」
 脳裏に颯爽と歩く姿が甦った。思わずコルドは家内を見渡してしまう。今自分はあの人の持家にいるのだ。どうしましたと声を掛けられ我に返る。
「ウィテロ・グランディーク氏ですね、良く覚えています」
 本人もさることながら同行したその側近もインパクトが大きかった。半月程前、久方ぶりに同じ名前を聞いたばかりだ。
「おや、本当ですか? 私は今回の件で初めてお会いしたんですが、いやぁ、怖いですねあの人!」
 同じゴルデワ人でもやはりあの人は怖いのかとコルドは笑ってしまった。
「そりゃあ怖いですよ。会う度機嫌が悪いし、長いこと命のやり取りをしている人は独特の威圧感がありますしね」
 それまで傍観者に徹していたヘザーが「失礼ね」と口を挟む。
「ここは次元口も含め歳青殿しか知りません。もし我々がイクサム国内で壊滅しても敵がここから入って来ることは絶対にございませんのでご安心下さい」
 それは安心して良いものなのか。懸命にもコルドは口を閉ざした。






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