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 新たに現場担当責任者を侍らせた南殿側近は話の腰を折ったことを詫び話題を戻す。何としてもここでコルドの言質を得て帰るという意気込みだ。
 南殿側近の要望は主にこのマンションの存在を余人に漏らさないことと連絡係がキリアンを訪ねて行くのを黙認すること、ロブリー宅からここまでの移動を許可すること、そして現政権中に限りこのマンション及び敷地の所有権を認めることだった。ここでの活動さえ知られなければ口出しされる心配も、官僚たちの心労を増やすことも無く、ジオにとって重要拠点を手に入れられるのだ。
「私が黙っていても厚労省長官が喋ってしまうかもしれませんよ」
 自分で言いつつもそれはないだろうとコルドは思った。実際その通りだったようでマイデルは「興味が無い」と言ったらしい。
「部下の方にも釘を刺して頂けました」
 後はコルドが了承して同様に部下たちに箝口令を敷けばいいと言いたいのだろう。
「…………いや、しかし、ここの所有権の維持と言うのは……」
 次元口の向こうがジオにとって重要な突出点だというのは理解する。けれど彼らの利のためにゴルデワ人の残留を容認しなければならない事などありはしないのだ。
 例えば一連の事態が収束した後、ここの次元口を封鎖しようとする。今のコルドならば一存で封鎖を決定できるだろう。
 だが工事費用は完全にサンテ政府の出費となる上、この場所を優先的に施工させたとなれば説明責任が発生するだろう。結局、見て見ぬふりをするのが一番平穏なのだ。
 苦い顔で黙り込んでしまったコルドにキリアンが一つ提案をした。
「更新制にしてはいかがです? 賃貸マンションが数年ごとに契約を更新するように、期間を設けて定期的にここを査察し、サンテにとって安全であるのを確認するとか」
 おい、と南殿側近が異議を申し立てようとするがキリアンは掌を突き出してそれを封じる。
「エーデ、勘違いしてもらっちゃ困る。確かにこの国は武に劣り政に鈍くはあるが――失礼――、こっちの要求が何でも通る程落ちぶれてもいないしお優しくもない。さっきも厚労省長官が紅隆にメンチ切っているのを見たろう」
 こちらに見向きもしなかった様を思い出し、コルドはそっとため息をつく。予定を変更してまでここに来たのはストレス発散のためだけだとは思いたくないが。
「それに、この国への交渉権はうちが持っているんだぞ。今回はあくまで緊急的特例で許可しただけだし、俺が却下っつったら却下だって最初に言っただろう」
 南殿側近は露骨に不満げな顔をする。隣の女はくすくす笑ってそんな上司から会話の主導権を略奪しにかかった。
「ご無礼をお許し下さい閣下。そもそもが勝手なお願いする立場ですので、容認できないとなれば拒否して下さっても構いません。今すぐの回答が難しければ後日私の方から伺わせて頂きたく存じますが」
 来られて困るのは寧ろコルドの方だ。結構ですと首を振って条件付きで更新制を了解した。
 外務庁長の言質を取った女はローテーブルの下から小型端末を取り出して瞬く間に契約書の草稿を作成してしまった。内容は追々詰めていくことで合意し、次元口の観覧を提案してこれまでずっと傍らに直立姿勢でいたカナエワを見上げる。
 コルドも以前資料で見たモスコドライヴを受け取ったヘザーは上司と話があるというカナエワを残し、三人で次元口の前まで移動した。
 ヘザーがドライヴを次元口に向け二、三操作をすると、円を象っていた模様がぐにゃりと溶け、その溶けだしたモノが円の中を真っ黒に塗り潰していく。完全にそれが埋まるとまるで油の中に洗剤を一滴垂らしたように黒が晴れ、白地に薄く花柄の入った壁紙と背景いっぱいに広がる畑の前で農夫がボトルを掲げているワインの広告ポスターが見えた。





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あきゅろす。
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