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「お忙しいところご足労頂き、誠に申し訳ございません」
 南殿側近に導かれキリアンと共に隣の部屋に移動する。マイデルの強烈な嫌味がここまで聞こえていた。
 リビングにはマイデルと紅隆が座っていた二台のソファなど必要最低限の家具が揃っていたようだが、流石に他の部屋は何もない。正面の窓にはカーテンが取り付けられ天井に照明が設置されていたが、コルドの視線は左手の空間に向いたのでそれらは認識すらされなかった。
 このマンションは全室5LDK。事前に見せられた間取りと照らし合わせるとこの一室は家の中で最も端に位置している。事実、廊下はこの部屋の前で終わっているのだがいざ中に入ってみると、本来隣の1014号室と接している筈の壁が取り払われ、似たような伽藍堂が覗いていた。
 部屋の外に出ることなく1013号室から1014号室へ移動した一行が廊下へ出ると、玄関の少し手前に女が一人立っているのが見える。
「部下のヘザーです」
「初めまして」
 クールボブを揺らしたその女は妙に赤い唇でにこりと笑った。
 ヘザーの足元、向かって左壁の足首ほどの高さから床を通り右壁の膝丈辺りまでには奇怪な模様が組み込まれた大円が描かれていた。次元口です、とキリアンに言われ驚きとともに改めてそれを見る。
 主に黒と水色で構成されたその円は良く見ればゆっくりと反時計回りに回転していた。今は一時停止状態だと女が言う。先に向かいますかと問われコルドは首を振った。
 1014号室のリビングも1013号室と同様に最低限の家具が揃えられていた。南殿側近の向かいにキリアンと並んで腰を下ろす。ヘザーが三人分のコーヒーを供し、自分は上司の横に座る。
 コルドは内心首を傾げるが、キリアンも南殿側近もカップの数を疑問視していないようだった。
「私ども南方の状況については既にフライハイトからお聞きだと思いますが」
 あの時は何故こんなものを見せるのかと思ったが、翌朝には今回の連絡報告書の提出が待っていた。調査による次元口の発見数とその危険性を突きつけられたばかり、加えて外務庁長官という立場上拒否出来ないのを見越されていたのだ。元老院から権限委任許可証明書をもぎ取ったのも決裁のスピード向上の他、これらジオの要求を通すための布石だったに違いない。
「はい。存じております」
 南殿側近はその女のような風貌に微笑を浮かべて頷いた。
「本来ならゴルデワ内でのこと、我々のみで対処するのが道理ですが、ご存じの通り背後には先々代筆頭秘書官を含む元ジオ職員が関与しています。連中はイトラ系の銃弾を所持し次元口を使い貴国とを行き来しているようです。市民の被害を出さないためにも可能な範囲で結構ですので改めて協力をお願いしたいのです」
 コルドは僅かに顎を引く。
「私の一存では具体的なことは申し上げられません」
 事情は察するが警戒を緩めることは出来ないと言えば相手は落胆した様子も無く続ける。
「外務庁長官殿の一存で出来る範囲で結構ですよ」
「…………」
 今のコルドにどれ程の権限があるのか分かって言っているのだろう。だからこそ、コルドは何事も慎重にならねばならない。
 その時、向かいの二人が何かに気付いたように廊下に続くドアを見やった。女がすっと立ち上がり廊下を覗く。
 複数名で交わされるゴルデワ語の話し声が流れ込んでくる。何だよ、という声と共に警察の突入部隊のような恰好をした男が招き入れられた。
 新たな男は事態を理解していないようで初見のコルドを気にしながらヘザーに背中を押されてやって来る。
「ここの現場担当責任者のユート・カナエワです」
 南殿側近がコルドを紹介すると、男はややたじろいだ様子を見せつつも会釈をした。彼の目は物言いたげに上司に向けられたが、南殿側近は片手を上げてそれを制した。





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あきゅろす。
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