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 オッサムから車で四十五分の距離にあるビオロという町は、一昔前はとてもそこが首都州内であるとは思えないほどノスタルジックな風景が展開していた。
 高いビルも殆どなく、すぐ背後を山に囲まれているのもあって緑の気配が濃い。
 町の財政源は主に農業や林業で、これだけではなかなか苦しい。そこで時の町長が環境の良さを売りに周囲の都市のベッドタウン化を目指した。
 インフラを整備してからのビオロは都会に近いが喧騒からは遠いというのが功を奏し、家族単位での移住が増え人口が右肩上がりに伸びた。
 しかし近年ではその数も町の許容を超えようかという程に膨れ上がった。何故ならビオロに住民を奪われた周辺の市が、空いた土地を有効活用しようと方針を転換し企業の誘致に力を入れ過ぎた結果、残留住民をも押し出してしまったのだ。
 お陰で土地不足が目立ち始め、開墾が進められ三つの農家が泣く泣く畑を手放すことになった。ビオロと同様またはそれ以下の規模の町村が憂慮し住民を引き受けてくれたことで深刻な危機は脱したものの町民の増加はなかなか止まらない。
 環境を売りにしている以上、一定以上の自然は残す必要がある。その他もろもろを考慮した結果、三年前からマンション建設を進め始めた。
 コルドが案内されたのもその一つだ。建設現場の外壁には工事の受注企業名と再来月竣工予定の文字が記された看板が張り出されている。他にも受注企業のPR用などがあるが、妙なのは、本来なら「入居者募集中」と書かれている筈の看板が明らかに手書きで「満室」と書き換えられている点だ。
 キリアンの話では既に入居予定だった者には代金の他、違約金と迷惑料を支払い、更に替わりのマンションまで手配してやったらしい。
「…………そこまでする必要があるんですか? ポイントの周囲の部屋さえ押さえれば事足りるのでは?」
「最悪、そこから武装勢力が突入してくる恐れがある以上、善良なサンテ国民の皆様を危険に晒すことになります」
 黙らざるを得なかった。
 マンションの外観は既に完成しており、今は内装工事の真っ最中らしい。正面エントランスでは何人もの作業員が出入りしており、汚れや傷を防ぐために床や壁にはビニールシートが張られていた。
 キリアンもまさかそこを突っ切ることはせず、工事用外壁の内側をぐるりと回って非常口から中に入る。
 一階は既に内装が完了していた。エントランスの方向から作業員の気配が伝わってくる。真新しさ特有の匂いの中、さほど廊下を進むこともなくキリアンは「1013」とプレートのかかった部屋のドアを開けた。
 これからシクレイズ小学校へ謝罪挨拶をしてきた紅隆と面会だ。気負ってドアを潜ったコルドだが聞き覚えのある声に不意打ちを食らい気勢を削がれてしまった。リビングを覗いてみると、当初の予定では宮殿に戻っている筈の厚生労働省長官シルヴィオ・マイデルと紅隆が向かい合っていた。
 マイデルはこちらを一瞥したのみで再び紅隆を睨み始める。今にも怒鳴りつけそうだったので先手を打って挨拶をすると紅隆は静かに頭を垂れた。
 マイデルの舌打ちと始まった小言を尻目に室内を見渡すと壁際にずらりと部下たちが並んでいる。小学校へ行ったのは外務庁、厚生労働省、文部科学省の面々だが、文科省員たちがいないところを見ると宮殿に戻ったのか。
 困り果てたという顔の厚労省副長官カウラが会釈をする。その隣には厚労省の職員二名とコルドの部下三名が同様に並んで世界王とマイデルのやり取りを眺めている。
 キリアンに呼ばれて振り返ると、そこには女と見紛うばかりの男が立っていた。紹介しますと言われ引き合わされたその男は世界王南殿側近と名乗る。今回紅隆の護衛も兼ねて同行したという。どうも、とコルドも頭を下げた。





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