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 次の日もその次の日も世界王秘書官の体制は変わらなかった。
 宮殿警備の者に確認すると夜中に出ても数時間で戻ってくるらしい。彼は本当にぶっ通しで仕事をしているのだ。
 朝晩はどうしているのか知らないが昼食は決まって例の栄養剤注射である。
 週明け、コルドがいつも通り一番乗りで出勤して来ても既に彼はそこにいて仕事をしている。いつ寝ているのかとフィーアスでなくとも体が心配になる。
「いえ、私よりうちの側近の方が大変ですよ。南方との兼ね合いやら儀堂の対応やら忙しくて」
 端末を立ち上げたところだったコルドはその何気ない台詞に眉を上げた。
 机の抽斗の中には、その「南方との兼ね合い」の連絡報告書がある。
 「隊長」が密入国に使用した次元口を捜索した際、使用の痕跡は無かったもののジオにとって非常に有用なポイントが発見された。あの日、ロブリー家から戻ったコルドに渡された報告書には、そのポイント及び周辺の土地の権利を買収済みであると記されていた。
 買いたいのだが、ではない。既に買ってある、という事後承諾の通知だ。
 些か強引ではあったろうが正当な手順を踏んで買収したようだから文句を言うくらいしか出来ない。
 もやもやとしたコルドの心情などお構いなしに相談があるとキリアンがやって来る。
 早朝でまだ誰もいないのに彼は耳目が無いのを確認し、声を潜めた。紅隆のことだと言われては聞かざるを得ない。
「移動制限が解かれたら、例の学校に謝罪挨拶に行かせたいんです」
「!」
 コルドは見舞いに行った際、医者が「この範囲から出るな」と言っていたのを確かに聞いている。
「…………ロブリーには……」
「勿論。数日中には説明します」
 つまりその制限は数日中には解除されるということか。
「無論文科省や学校が許可下さればの話ですが……」
 それももぎ取る気なのだろう。
 権限委任許可証明書を持つコルドが受諾すればあとは学校を説き伏せるだけ。報告にあった校長の様子からして恐らく受け入れるに違いない。しかし……
「……申し訳ありませんが、私一人の裁量では決め兼ねます。文科省、それから厚労省の長官と協議させて頂きたい」
「勿論です」
「それと、内閣府や元老院の耳にも入れなければ」
 するとキリアンはとんでもないことを言いだした。
「元老院には私の方でご説明を。丁度今晩、アミン女史と食事の約束がありますので彼女に連絡してもらいましょう」
 渡された申請書には西殿の署名と世界王印まで押されている。コルドはその紙を一瞥しキリアンを睨んだ。
「まだ交流がおありなのですね。……本当に食事だけですか?」
 キリアンは困った様子で首を傾げる。
「私としてもその方が有難いんですけどね。無駄な体力使いたくないんですよ」
「…………その無駄な体力を使ったお陰で権限委任許可証明書を手に入れたのでは?」
「お陰かどうかは」
 睨む目に力がこもる。
 同時にアミンに対しても怒りが込み上げてくる。
 元老院は本来、神のブレーンであり相談役だ。頭脳や経験と同時に高潔さが求められる。
 だが年月を経るごとに彼らの地位には権力が伴うようになっていった。その権力は甘い蜜となって人々を誘う。加えてアミンには美貌と経済力が備わっており、彼女がそれを餌に男や、時には女までもを侍らせているのは最早平常運転だった。
 けれどそれと世界王秘書官と関係を持つことは問題の次元が違うだろう。これ程の裏切りはなかった。
 コルドの様子から心情を読み取ったのか、キリアンは肩を竦めて、ただのお遊びですよと言う。
「あの手の人種が最も嫌うのは退屈です。その解消に、私のような位置の者がはまり役だったに過ぎません。命の危険も薄く背徳感に浸るには、ね」
 その日の就業時間後、彼は衣服を改め本当に出かけて行った。





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あきゅろす。
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