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 このまま仕事を続けるというキリアンから少し離れた席に並んで腰を下ろし、コルドはフィーアスの相伴に与った。
 対策本部には今のコルドらと同様に軽食を持ち込んでいる者も数人いるが殆どは食堂に行ったようだ。
 供されたサンドイッチは近所の有名店の品だ。外回りを午前中に振り替えて買ってきたそうだ。初めて食べたが、人気があるのも頷ける。パンはしっとりと柔らかく野菜も瑞々しい。
「驚きました?」
 牛乳パックにストローを差しながらフィーアスが尋ねてきた。勿論注射のことを言っているのだ。
「……手馴れているようだったが……」
「ええ。忙しいときは皆さんやっていますね。酷いときは点滴打ちながら仕事しているんですから恐れ入ります」
 フィーアスは新たに整えられたキリアンのデスクも彼の普段の状態に近くなったと評した。見ている間も世界王秘書官は怒涛の勢いでキーボードを叩いている。
「逆に非効率的な気もするが……」
「体がこの状態に慣れてしまっているんです。下手に空腹を満たすと眠たくなってそのまま丸一日、なんて事もざらだったらしくて……。時々、満たさない程度の軽食を提供しているんですがあんまり健康に良くないので心配で……」
 誰か一人が倒れればその分個人の負担は多くなる。少数精鋭を地で行くジオでは仕事の効率化を図るとともに職員の休息にも力を入れていた。
「仮眠室みたいなのがあればいいんですけどね」
「宮殿内の区画整理をしないと無理だな」
 二人は苦笑し合った。
「――そうだロブリー、娘さんの様子はどうだ?」
 今度の件では一番の被害者と言っても良い。凄惨な現場を目撃したばかりでなく自身も怪我を負い、また災いを招いたとクラスメイトから責められる。
 フィーアスの所属する厚生労働省は文部科学省と組んで生徒のメンタルケアを進めていた。今も毎日一時限を使ってケアを行っているが、現場に派遣した職員の報告では問題の少女はあまり良い扱いを受けていないらしい。
「……私の見る限りでは少し疲れているようだとしか……。でもそれって私に心配かけないように物凄く無理をしているって事なんですよね。今朝もヴィンセントさん――ああ、執行部の人ですけど、夜もあまり眠れていないようだったと……」
「そうか」
 身体の傷は治っても精神的な傷はまだまだ深いだろう。
 それはフィーアスも同様だ。彼女の場合は娘に自分の株を奪われたという点である。
 カウンタラクチャーとしての実力や精度は断然フィーアスの方が高い。毒による肉体の侵略の対応措置として当時の紅隆がカウンタラクティズを選択したのは当然の判断だろう。だがフィーアスに付いて回る「サンテ政府」が、彼の選択の道を分けた。
 北殿の命の危機を前に精度よりも後の反発の度合いを見たのである。
「食べてる時くらいもっと明るい話をしたら如何です?」
 砦の向こうからキリアンのおかしそうな声が掛かる。聞いていたらしい。
 しかしこの状況で明るい話題など思い浮かばない。例えば? とフィーアスが話を振ったが当のキリアンにも直ぐには思いつかないようだ。
 飲みかけの野菜ジュースのストローを指で弄びながら「西殿の容体は如何です?」とコルドが話題を振る。笑っていたフィーアスが口を閉ざしてキリアンを凝視した。
「まだ集中治療室から出られないようです。せめて意識だけでも戻ってくれればいいんですが」
 彼の表情は本当に憂慮しているように見える。その口で西殿の意識が戻ったと言ったのはつい昨日のことだ。
「そんな顔しないで下さいよ。あれはあいつの自業自得な面もありますし、ほら、前回もあんなに酷かったのに何ともなかったでしょう?」
「今回はあれ以上に昏睡期間が長いです」
 キリアンが視線を寄越す。余計な事を、という目だった。





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あきゅろす。
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