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 遮光カーテンの内側は、闇に慣れた目でようやく物の形が判別できるほど暗い。布団の中に潜り込めばいよいよ何も見えなくなる。
 光と同様に音も遮られた筈なのに、カチ、カチという時計の秒針の音が追いかけてくる。
 寝汗が冷えたのか、体温で温めた筈の布団が酷く冷たい。手足は氷のようだ。
 早く寝なくてはと思う一方、あの夢の続きを見てしまったらという恐怖が背筋から這い上がり、そのうち秒針の音が気になりだして眠れなくなってしまった。
 携帯端末を充電器ごと布団の中に引きずり込み時間を確認すると夜中の七時。夜明けには程遠い。
 溜息と共に端末を戻すために上体を起こした。充電器の付いた端末をベッドサイドに置いた時だ、部屋のドアをノックする音がした。ギョッとして振り返るが、ベッドルームからはドアが見えない。
 こんな夜中に来訪者を受ける覚えはない。弟妹ならまずノックはしないし、部屋の外から周るよりウォークインクローゼットを通って来る筈だ。
 考えていた時間は僅か一、二秒に過ぎなかったようで、ノックの主は返事を待つ間もなくドアを開けたようだった。
 音をたてないようにそっと頭から布団を被る。微かな足音がどんどん近づいて、ついにベッドルームまでやって来た。
「ワージィ、まだ起きてるか?」
 心臓が破裂しそうな程緊張して身構えていると予想外の声が上から降って来た。布団から顔を出して見上げると、黒い人影がこちらを見ていた。
「…………ヴィン……セントさん」
「悪いがちょっと、助けると思ってここで寝かせてくれ」
 こちらの返事も聞かず、人影は上着を脱ぎ落すと布団の中に潜り込んでくる。
「お前を人質にしていれば怒鳴り込んでくることもないだろう」
 そう言いながら手を伸ばし、容易く腕の中に包み込まれてしまう。頭を撫でる大きな手がゆるゆると背中を叩く。
「…………抱き枕にしては小っちゃいなぁ」
「! 何ですか、もう……」
 文句を言いながらも、背中に与えられる振動が心地よい。すぐ側にある他人の体温が暖かい。冷え切っていた身体が温められていく。
 ヴィンセントのTシャツ越しの薄い胸板に額を押し付けると再び頭を撫でられた。そうされると瞼が重くなってくる。
 ヴィンセントさん、と眠気の籠った声で呼びかける。良い機会だから気になっていたことを訊いてみたい。
「……ディレルさん……どうですか?」
「……どう……? ああ、容体? 峠は越えたらしいけど意識が戻ったって話は聞かないな」
「……そう、ですか……。ビャクヤさんは」
 首を切断された紅隆が、接合時のエネルギーとしてビャクヤの精気を略取したのだ。そのためにあの日から仮死状態が続いている。
 ヨウゴウの話では回復に時間がかかっているだけで問題はないということだった。
 また、そうですか、と呟いた少女は至近距離の男の体が小刻みに揺れるのを感じて顔を上げる。ヴィンセントはこみ上げる笑いを必死に抑えていたが、とうとう咽てしまった。
「いやいや……ごめん。いやぁ、ディレルとビャクヤの心配はするのに、お父さんの心配はしないのかと……」
「! し、してます!」
「はいはい」
 紅隆の意識が戻ったことは西方執行部と軍部の上数名、この限られた者たちしか知らない極秘事項だ。紅隆の家族は次女ゼノズグレイドを除きカウンタラクチャーだから、弱り果てている今の紅隆には近づけられない。
 暫く背中を叩いてやると少女はようやく眠りに落ちた。体温の戻って来た小さな手を握りながら、ヴィンセントはジャージのポケットから携帯端末を取り出し数カ所へメールを送る。ワゼスリータがまだ起きているようだと感知したニコールと医療棟の精神科、そしてレダと宮殿へ戻ったキリアンだ。
 送信完了を確認し、ヴィンセントもようやく泥のように眠った。





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