[携帯モード] [URL送信]
168



 予想外の反応にランティスは内心首を傾げていた。正直、こんなに弱弱しくなってしまっている理由が想像できない。
 ランティスの知る「アリシュア・キャネザ」は不撓不屈であり剛毅果断、こんな心細そうな顔をする人間ではなかった。
 こちらが戸惑っているのが分かったのか、アリシュアは「心細い」顔を改め、覚えのある厳しい目つきでこちらを睨む。
「とにかく、相手の居ることだし一朝一夕で結果の出る物でもないんだからお前がどんな条件を出してこようと応えられない。取り敢えず待て」
「……そんな一方的な要求を呑めると思っている訳じゃあるまい。――で? アリシュアちゃんよ、こういうお願いをする時はどうするんだっけ?」
 相手は歯軋りせんばかりだ。アリシュアの視界にはランティスの後ろの上司たちが入っている筈、彼らが見ている中でいつものように振る舞うことなど出来ないと踏んでの発言だった。
 案の定アリシュアは今にもランティスの首を絞めに掛かりそうな目をしながらも、片膝をついて祈るように手を組み目を閉じると、棒読みの台詞を詠唱した。
「ああ、麗しき人魚姫。この愚かな僕に至高の唄をお与え下さい。その鈴よりも軽やかで空よりも高く海よりも深い美声を雨のように降らせて下さい」
「…………俺、おゆうぎ会が良かったな」
 そう呟いた途端、顔面に硬いものが飛んで来た。それを認識する間もなかったランティスは眉間に強襲を受け仰け反る。ガコン、と音を立てて舞台上に落ちたのはアリシュアのヒールだ。痛む箇所を抑えてそれを確認したランティスは、何事も無かったかのように落ちた靴を履き直しているアリシュアに抗議する。
「お……っまえ、ふざけんな……! 痛ってぇ……」
 丁度、踵の部分が当たったようで血が出ていないのが不思議なくらいだ。
「それはこっちの台詞だ。下手に出てれば付け上がりやがって……」
 アリシュアは盛大に舌打ちする。ランティスもこの時には舞台下の二人のことなど頭から抜け落ちていた。
「付け上がってんのはどっちた。お前が女装して猫被っておままごとに興じている間に、オーセルは着々と計画を進行してた訳だな。――お前知ってたか? オーセルとメルキューバはデキてたらしいぞ。もしそれが原因ならあの人はちょっとやそっとじゃ止まらんよ」
「…………え?」
 ぽかんとするアリシュアに溜飲を下し、ジーパンのポケットからメモリ端末と小指の爪程の青い水晶石を取り出した。
 差し出したランティスの手の中の物を見てアリシュアの肩眉が上がる。メモリはともかく、水晶石は見覚えがある筈だ。
「…………あいつとは連絡取れなくなったんじゃないのか……?」
 それには答えず、ランティスはメモリ端末を手に取った。
「これはアルフレディンとハーディルがくれた。あいつらもいろいろ調べていたらしいぞ」
 受け取ったメモリをしげしげと見つめていたアリシュアはふとあることに気付く。
「……これ、規格合わないんじゃないか……?」
「え?」
 舞台下の客席からそれらの様子を観覧していた外務庁の二人は、覚えのある名詞に一瞬耳を疑った。相手もそう感じたのを互いの呟きに知る。
 思わず顔を見合わせたコルドとタインは今一度舞台のやり取りを見上げた。
「…………珍しい名前でもないですが……」
 入庁前だったアリシュアは知らないだろうが、アルフレディンという名前は外務庁にとって酷く強烈な名前だ。当時のことが思い出され、タインは白くなるほど強く手を握りしめる。
 コルドはまた別のことが気にかかっていた。ランティスが言った「茶番」や「おままごと」である。部下に昇進を勧めていたコルドだ。やはり、という思いを強くした。
 同時にランティスの素性についても改めて不信感を強める。彼は何を知っているのだろうか。





[*前へ][次へ#]

18/30ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!