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 医療棟を後にした二人は同じルートを辿って西殿執務区画、そしてロブリー家に戻ってきた。
 書斎に一歩踏み出し、コルドは後ろを振り返る。
 今通って来た世界王の私室が覗く。何の変哲もないドア、その枠から向こうはゴルデワだ。
「こちらへどうぞ」
 フライハイトに促され、はっと我に返った。
 細かい状況を説明したいとのことで着いてきたが、コルドは先程見せられた彼女の豹変ぶりの方が気になっている。
 いつも西殿に随行して宮殿を訪れるこの女は、コルドが知る限り常に慈愛に満ちた微笑を浮かべていた。ロブリー家に迎え入れてくれたときも、コルドの持参したプリンに目の色を変えた幼児を優しく窘めるとともに「一つだけですよ」と言って早速蓋を開けてやっていたのだ。
 それがどうだ。
 西殿の見舞いに来た人物を素気無く追い帰したときの彼女の顔は酷く冷たく、声にも棘があった。
 慈愛の塊のような人間などいないのだ。
 書斎を出、廊下を進み中庭を迂回して導かれたのは廊下の左右に等間隔にドアが展開している場所だった。その廊下も突き当りは行き止まりではなく左折しているようだ。
「どうぞ」
 彼女が開けたドアの向かいには、腰の高さにホワイトボードが提げられ男性の写真が貼りつけられていた。
 一瞥の元にそれらを認識し、促されるまま中に入る。
「…………ここは」
「客室です。応接室だと若様に気付かれますので」
 彼女は客室と言ったが、生憎コルドにはマンションの一室に見えた。カウンターキッチンにゆったりとしたリヴィングダイニング、家具一式も備えられ、今すぐにでも住めそうだ。
 フライハイトはコルドをソファに座らせるとキッチンに翻って紅茶を出した。その後、持ってきた小型端末を立ち上げ壁面スクリーンにコードを繋ぐとカーテンを閉める。
「現在のわたくしどもの状況をご説明したのですが宜しいでしょうか?」
 振り返りながら問われ、コルドははあ、と頷く。ここまで来て否やも無い。
 フライハイトは淑やかに礼を言うと小型端末の前に陣取った。壁面スクリーンにニュース映像が映し出された。
 無論ゴルデワのニュースだ。キャスターの台詞も字幕も全てゴルデワ語だったが、コルドには問題ではない。
『二十六日にイクサムのピューモルティカ城で行われた宣誓式を受け、三十四日、メイグラン外相がイクサムを訪れジュビエル外交官と面会しました』
 画面が切り替わり重厚そうな室内に立つ二人の男性が笑顔で握手をしている映像が流れた。右の男が左の男に椅子を勧め、二人は腰を下ろす。椅子は正面のカメラに両者の顔がしっかりと映るように、尚且つ両者が面談しているのだという形を示すためにお互いに向かってに斜めに設置されていた。
 その映像と同時に先程の女性アナウンサーの声が続く。
『メイグラン外相はこの対談で慎重な対応を求めましたが、色よい返答を引き出すことは出来ませんでした。――本日未明――』
 画面がスタジオに戻り別のニュースが始まる。フライハイトはそこで映像を停止させ、コルドに向き直った。
「この城はある穏健派――比較的ジオに友好的な貴族の居城ですが、その男を筆頭に穏健派が宣戦布告をしてきたのです。逆に過激派はなりを潜めており南方は対応に苦慮しております」
 コルドにとっては遠い彼方の話でしかない。自分に何の関係があるのかと内心首を捻る。
「この貴族の甥は先々代世界王の筆頭秘書官だった人物で、どうやらこの突然の転換に関わっているようなのです。加えてこの甥は先月六十八日、サンテ国内にいたのが目撃されており、今回の一連にも関与している可能性が極めて高いというのが我々の見解です」
 紅茶を取ろうとしていた手が硬直した。
 見上げたフライハイトの目は医療棟を辞したときのように冷え冷えとしていた。





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