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 口を濯いで戻ってきた紅隆はコルドに非礼を詫びて元の席に収まった。
 薬――なのかどうなのか――を飲む前より顔色が悪いが「大丈夫か」とは尋ねなかった。紅隆が席を外している間にフライハイトに確認すると、まだ殆ど状況説明をしていないらしい。ただ、サンテ政府が動いているのかという問いに対し回答するとコルドに会いたいと言ったそうだ。
「正直申し上げると、あの日のことはあまり覚えてないのです。娘を引き取りに行って、そこでディレル――北殿と戦闘になってしまい……、それがどうやって終結したのか、もっと言えば北殿の生死さえ今朝聞いた次第でして。全く面目ないことです」
 紅隆は生徒の身を案じたが、怪我をした数名はどれも転んだりして出来た僅かな擦過傷。一番重症だったのは彼の娘だが、それもビャクヤが止血をし後からやって来た医療班が手当てをした。
 心配なのは精神面だが、これも学校側と文部科学省、そして厚生労働省が腐心している。
「……本当に、ご迷惑をお掛けしてしまい、誠に申し訳ございません」
 座ったままではあったが、世界王は深々と頭を下げた。覗く首筋や肩は異様なほど骨が浮き出ている。元から痩せた人ではあったが、今は枯れ枝のような風情である。
「…………頭を上げて下さい。この一件は、貴方方が関与せずとも別の形で被害が出ていた筈です。シーズヒルにいた連中は、貴方の見立て通りサンテ人でした。貴方があそこで彼らを捕縛させてくれたお陰で市民の混乱は殆どありませんでした。お詫びし、お礼を申し上げるのは寧ろこちらの方です」
 世界王二人はサンテ政府が放置していた次元口の封鎖作業中に事件に遭ったことを思えば、コルドの頭は自然に下がる。更に北殿に至っては、命は繋いだものの未だ意識不明だというのだから、罷り間違えば現四大王政権を崩壊させていたかもしれないのだ。
 ルイの発言で強硬派の中にはそれを期待する向きも出たが、コルドはこれに猛烈に抗議した。ゴルデワ政府の外の者が主導している可能性が高い以上、これを抑えるためには絶対にゴルデワ政府との連携が必要だ。
 今彼らに斃れられ外交がストップしてしまったら、サンテはこの脅威に対し裸も同然になってしまう。
 ゴルデワによる侵攻を再び許すつもりかと詰ってようやく強硬派も沈黙したが、ルイは未だにあの発言を撤回していない。東殿一行やキリアンは笑って不問にしてくれたが甘んじてそれを受け入れられる程コルドもおめでたくはなかった。
「ワイアット氏にも多大なご負担を与えてしまって心苦しく思います」
 すると頭を上げた紅隆は首を傾げてコルドの後ろに控えていた部下を見やった。エテルナがこの一件で行政員としてキリアンが出向していると告げると世界王は尚更首を捻ったのだ。
「ウォルクはどうした?」
「もう戻ってきましたけど、あの日の二日前からミュンカヴェーナに出していましたでしょう」
「…………ああ…………、そうか」
 彼は無造作に髪を掻き回した。
 三十日以上もの昏睡から目覚めたばかり。しかも首を切断されるという恐ろしい事態に晒されたのだ。前後の記憶が曖昧なのも当然だ。
「西殿、今日はもうお休みください。お許しくだされば私はまた日を改めてお伺いさせて頂きます」
「! いえ」
 自分は大丈夫だと言いかけた紅隆を看護師が止める。患者を押しのけ前に出るとコルドの心遣いを感謝した。
 渋る紅隆と別れフライハイトの先導で元来た道を引き返すと、医療棟の出入口が何やら騒がしい。看護師たちが中に入ろうとする者を押し留めているようだった。
「コーザはもう起きたんでしょ。だったら会わせてよ」
 看護師たちに文句を言うその顔にコルドは覚えがあった。
 視覚映像の中で、正気を失った紅隆を蜂の巣にした張本人だった。





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