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 また暫く城を空けることになりましたとコーザは切り出した。既に実権は移行していますと笑う。
「……え」
 フィーアスにはそれがどういう事なのか直ぐに分かった。少し前にも同じことがあったのだ。
「この間戻ったばかりじゃないですか……」
 そうですね、と夫は言う。
「また……怪我をするのですか……」
「するでしょうね」
 まるで他人事のようだ。
 世界王は基本的に城から出ないものなのだと教えられたのは随分前の事だ。結婚して二年足らずで離婚届を突きつけられたフィーアスに、同じように世界王権を代行させられたヴィンセントが愚痴を交えて話してくれた。
 ゴルデワにおける世界王とは、サンテの神と同義である事。これが損なわれることは即ち天井を支えていた柱を失うことで、速やかに次の柱を添えなければ屋根が落ちてきて潰れてしまう。
 生きている柱というのは実は厄介なのだ。病気もするし怪我もする。それで命を落としてしまうこともある。世界王の場合、更に命を狙われる事が多いというから余計に危ない。身を守るためには閉籠もっているのが一番なのだ。直属の軍も、世界王の命令を遂行する手足である以前に、世界王の勅命に逆らってもこれを死守する為に有るのだっだ。
 にも拘らず、世界王は結構ふらりと外出してしまう。紅隆などは特にそうだしルシータは月に一度ストレス発散をしに買い物に出る。ディレルは以前、行き先を告げずに出て行ってしまう事が度々あったらしい。
 それでもそうした外出の際に王権の臨時移行などは通常しないのだそうだ。本来、王権の移行は世界王に執行能力が無くなった場合に限って行なわれた臨時措置であるという。
 今晩には出ると言われてフィーアスは驚いた。余りに急すぎる。
「それでお願いなんですが……」
「離婚はしませんっ」
 そうですか、とコーザはあっさり引き下がった。ではもう一つ、と指を立てる。
「知らない人に声をかけられても、絶対に無視して下さい。何を言われても相手にしないように」
 まるで子供に言う事だ。さすがにフィーアスもこれには不満を訴えた。しかし夫は真剣な顔でお願いしますと更に言う。
「今回は本当にマズイんです。手段を選ぶような奴じゃないんですよ、あのクソばばあ」
 顔を顰めて舌打ちしたコーザは、いいですねと念を押して踵を返した。
 ドアの前で仁王立ちしていたマイデルは、目の前で男が立ち止まっても道をあけようとせず、睨む目に更に力を込めた。
 対照的に紅隆はにやりと笑う。
「大人しく傍聴しているから入れてくれないかな」
「聞いたって理解できないだろう。帰れ」
「だから理解できるのを連れて来ただろ。場の空気を見るだけでも勉強になるのさ」
「何の勉強だ、人の殺し方か? これは生かす為の催しなんだよ。お前の出る幕じゃない」
 根に持つなぁと紅隆は首を傾げ、そのまま背後に同意を求める。おろおろしていたフィーアスはどちらに賛同することも出来ず口篭った。その反応に、ほら見ろと言わんばかりにマイデルは鼻で笑う。
 梃子でも動かない構えに先に折れたのは紅隆だった。分かった分かったとひらひら手を振って三歩廊下を戻ると、扉の直ぐ脇の壁を普通に押した。すると壁がぱかりと口を開ける。ぎょっとするマイデルの目の前で穴は紅隆を飲み込むと、何事も無かったかのように口を閉ざした。
 以前空間の結合を解くのだと説明されたが、理屈など分かろう筈もない。大門不使用の不法入国の技をあっさりと披露され、マイデルの苛立ちは頂点に達した。
 いいかロブリー、と部下を振り返る。
「奴が元老を潰したらもう連中に用は無い。離婚に応じて、デレインもくれてやれ」
 部下に反論の隙を与えず、マイデルもホールの中に戻って行った。


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あきゅろす。
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