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 権限委任許可証明書の効果は絶大だった。
 対策本部どころか外務庁の通常案件もスイスイ進む。予てより提案していた対磁力場工事の申請にも許可が出たのだ。
 ただしこれは少しばかり変化球を要した。
 未だ見つからない「隊長」対策として容認されたこの工事だが、当初からの懸念材料である予算の捻出先が最大のネックになった。けれどそれを知ったキリアンが費用を全額請け負うと言い、実際に用立てたのだ。
 とは言え、彼の余剰財産は既に慰謝料や口止め料やらに消えている。どうするのかと思っていると、紅隆の余剰分を持ってきたのだ。
 勿論これは個人資産であるので秘書官といえどキリアンが勝手に使用することは出来ない。そこで妻フィーアスが夫に代わり証明書に署名した。
 その金額、三十億エルー。
 更に驚いたことに、紅隆の今回分の余剰財産はまだ八十三億残っていて、過去数十年分が殆ど手付かずで残っているらしい。これはあくまでゴルデワ通貨を物品に変えサンテで売買し得たものだ。本来ならもっとあったという事で、そのあまりの多額さにフィーアスは一度気絶したそうだ。
 これら三十億の現金は政府を経由して対応企業に回すことは出来ないので、コーザ・ベースニック個人が各企業に依頼。企業としてもあまりに特殊な事業なので政府の承認を得なければならない。提出された書類を政府はそのまま承認。
 書類上そういう形式を取った。
 先例があるとはいえ、余りに特殊なので実際に工事が施行され始めるのは早くとも来月になる。
 現金なもので、財務省も費用負担をしなくて良いと分かると他の案件にもにこやかに対応するようになった。費用申請が次々と通り、第一執務局に残留しているタインは呆れ顔だ。
「先輩、何回目ですか、それ」
 同じく呆れた様子のファレスだが、とうのアリシュアは振り返りもしない。対策本部の隅で例の視覚映像の複製を何度も何度も見続けている。
 端末モニタでは捕縛した武装集団の記憶内の隊長の姿がスロー再生されている。
 この男についてゴルデワ政府は奇妙なことを言っていた。
 少なくとも二者以上の別人が一人を演じている、というのである。
 あの秘書官の口からその見解が語られた当初、対策本部は殆どの者がその意味を飲み込めなかった。
 この「顔」は汎用型義体の一つに公式登録されている物、つまり機械だ。けれど幾つかのシーンにはこの顔の持ち主が食事をしている姿が映っていたのである。
 どのような義体であろうと、生身と同じように食物を摂取することは不可能だ。フルビルディ達は脳用の栄養剤アンプルの供給を行うだけだ。
 そしてまた、訓練中疲労も感じさせず顔色一つ変わらず汗もかかないのは全身義体でしかありえない。
 例え見つけ出しても空の義体を掴まされては意味がない。対策本部は男の捜索体制の転換を強いられた。
 そちらは内閣官房組が必死に取り組んでいる。その輪の中に入るつもりも無かった外務庁の先遣隊たちはこうして映像の解析に回っているのだ。
 煩いファレスを追い払ったアリシュアは再生を一時停止させヘッドホンを毟り取った。
 疲労と酷使により目がチカチカする。眉間を揉んで冷たくなったコーヒーの残りを呷った。
 腔内に残る苦みと食道に感じる冷たさが、正しく今のアリシュアの心境を表していた。こびりつく後悔や友愛の念と、早々に心境を切り替えて敵と断じる習慣がせめぎ合っている。殆ど記憶にないアクターや面識があるだけのギデアイン、その他の連中もどうでもいい。ただ、長く苦楽を共にしてきたカテリナの顔だけが脳裏にちらついて離れない。
 モニタの中の、更に背後にいる彼女の気配を探りたくてアリシュアは再びヘッドホンを装着し再生を開始したが、何度浚っても新たな痕跡を見つけ出すことは出来なかった。





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あきゅろす。
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