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 世界王のプライベートルームは執務区画総面積の実に三割を締めている。
 部屋数は五十弱、その一部屋がまず広い。当然、トイレや浴室やキッチンも複数存在し、遊技場やシアター、他にも何処の高級ホテルだと言わんばかりに設備だけは充実している。
 けれど実際問題、それら設備を使える暇など月陰城の職員には存在しない。
 世界王西殿紅隆もそれは同様である。
 使っているのは精々六部屋、子供たちが遊び場などに使用しても十部屋。平生ならそれ以外は廊下ごと封鎖されているのだが、流石に今回ばかりは違った。
 普段でも数名常駐している軍人が、今は何十人も大挙して来ているのだ。それらが十部屋で収まる筈も無く、廊下に張り巡らされた規制線は取り払われ奥からは人の気配がする。
「悪いねワゼスリータ」
 そちらに意識を取られているらしい少女に声を掛けると、ワゼスリータははっとして前を向いた。
「いえ、これくらい」
 キリアンが戻ったのはロブリー家の朝食が済んだ頃だった。
 ゲストパスの詰まった段ボール二箱と鞄や小型端末を何とか担いでいると、見兼ねたワゼスリータが鞄と端末を引き受けてくれた。
 サンテのロブリー家に繋げたドアがあるのは西殿プライベートルームの中でも奥の奥、メインエリアの隅にある。普段紅隆が使っている六部屋はここに集中しているため、ロブリー家から行くなら近いが、執務室から行くとなるとかなりかかる。
 当然、ロブリー家から執務室へ行くのも長い道のりを経なければならないのだ。
「もう学校始まったんだっけ?」
 ワゼスリータのクラスは、事件の翌日まで全員が強制的に入院、その後二日間の学級閉鎖を経て週明けから登校が再開されたと聞いていた。
 西殿執務室が最も危惧したのは世界王の娘とばれたワゼスリータへの生徒たちの反応だ。以前からゴルデワとのハーフだというのは知られていたようだが、一般のゴルデワ人と悪の権化である世界王とでは雲泥の差がある。
 当日もクラスメイトから罵倒されたと聞いて皆心配しているのだが、本人は案外平気そうにしている。
「クラスの男子にゴルデワのこと教えてくれって言われました」
「え?」
 キリアンは思わず振り返る。予想外の反応だった。
「何か、将来外務庁で働くのが夢らしくて。今のうちに……」
 ワゼスリータは何かに気付いたように目を瞬かせた。立ち止まったキリアンが不思議そうに見守る中、少女はスーツの背中に顔を近づける。
「…………何だろ、良い匂いがする……。……香水?」
 キリアンはびくりと身を震わせた。冷や汗が噴き出す。
「……今のうちに、何だって?」
「え?」
 ワゼスリータが顔を上げる。キリアンは自分の表情筋を総動員させて平静を装うと強引に話題を戻した。
「あ、えっと、今のうちにゴルデワ語を習得したいから教えてくれって……。キリアンさん大丈夫ですか? 顔色悪いですけど」
「はははは、ダイジョーブ」
 執務室はもう目前、キリアンは段ボールを隅に置いてワゼスリータから荷物を受け取ると礼を言って家へ帰した。段ボールを残したまま精神的に疲労困憊しながら執務室に戻ると珍しく人がいない――と思ったが、いた。
「枕営業ご苦労さん」
 世界王の席に積まれた書類と空間ディスプレイの向こうからひらりと手が上がる。
「ヴィンスは?」
「撃沈」
 指が仮眠室の方向を差した。
 自分も沈んでしまいたいと思いつつ、鞄から用紙を一枚取り出す。キリアンはそれをレダに差し出した。捕食された獲物は忽ち巣穴に呑みこまれてしまう。
「で? どうだったのさ、女元老院は」
「……アニシーナ・ツイズ……みたいな……」
 そこでようやくレダが顔を覗かせる。
「え? 尻軽?」
「いやいや」
「じゃあ家庭的?」
 キリアンは言葉に詰まってしまう。暫く悩んだ末、先の暴言を追認した。





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