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 職員たちの群れが三つに分かれて退城していく。議員本会議場一階部左右にある扉と二階部正面にある扉だ。人々は近い扉に向かい、吐き出されていく。
 キリアン他、準備に携わった内閣職員は各席に配備したアイマスクとヘッドホンの回収、機材の撤去、移動させた議長席を戻したりと忙しなく動いていた。
 アリシュアだけは一人、出て行くでもなく手伝うでもなく、ただ座ったまま何も映さなくなった壁面スクリーンに視線を向けていた。
 何だか虚脱してしまったのだ。
 立つ鳥後を濁さずを目標にして片付けた。完璧ではなかったが、およそそれに近い形で去ることが出来た。
 今の今まで、アリシュアはそう思っていた。
「…………どこが…………」
 自嘲が口から洩れる。どこが完璧だというのか。こんな、何処もかしこも穴だらけ、それに気づきもせず、あの頃の自分は能天気に未来に思いを馳せていた。
 差しのべられた手に、腹に宿った子供に、舞い上がっていた。
 カテリナの件もそうだ。側に居た時間の長さが甘えと油断を生んでいた。彼女が見せる顔だけしか見ていなかった。彼女が真実何を思い考えていたのか、彼女の背景を上辺だけしか知らなかった。
「大丈夫?」
 知らず俯いていた顔を上げると、すぐ側にヒューブが立っていた。
「気持ち悪い?」
 彼の見当違いな気遣いにアリシュアは無理矢理笑って首を振った。
「私、スプラッタ物は平気だから。ただちょっと……仕事が増えて辛いなあって」
 笑って誤魔化したが彼は少し怒ったような表情で反応しない。どうしたのかと質すと腕を掴まれた。
「他にも何か辛いことがあるんじゃないのか? 仕事なんて、君にとっては大したことないだろう」
「……は? 何それ。給料分の仕事は精いっぱいやってるわよ」
「言いたいのはそこじゃない。辛くて辛くて仕方がないって顔をしているって言ってるんだよ」
「…………だから仕事が……」
「プライベートで何かあった?」
「!」
 立ち上がったアリシュアは掴まれたままの腕を思い切り振り払った。
「関係ないでしょ。放っておいて」
 そのまま踵を返し、上の扉から出て行く。
 見送るようにぽつんと立つヒューブを指差し、キリアンは彼の素性をフィーアスに尋ねた。
 フィーアスは一仕事終えたキリアンを労うために残ってくれていたのだ。係員と一緒に後片付けをしているとぽつんと残った男女二人が揉め始めたのだ。
「彼は法務省の技官です」
「技官」
「確か弁護士の資格を持っていたと……。民間の法律事務所数カ所に出向して、生の情報や知己を得ています。厚労省でも医師や教員免許を持っていれば出向する確率は非常に高いですね」
「へえ……」
 そんな事をやっていると本人がこちらを向いた。
 見てしまった方も見られた方もお互い気まずい。フィーアスははにかみながら小さく手を振り、相手も曖昧に振り返す。アリシュアを追うように立ち去って行く背中を見送ると、キリアンはポケットに突っ込んだ紙片を思い出し、一緒に帰れない旨を告げた。
「人と会う約束があるんです。遅くなるかもしれないので、俺のことは気にせず戸締りはしっかりして下さいね」
「はぁ」
 廊下に待機していた機動隊員が回収した許可証を持ってくる。段ボール二箱いっぱいに詰まっているのは月陰城で使用している来客用のゲストパスだ。
 対策本部では、よく短時間でこんな立派なものを用意できたなと驚かれたが、何のことはない。キリアンは既にあるものを転用しただけだ。
 フィーアスは床に積み上げられたその段ボールの一つを持ち上げた。
「じゃあこれ、私が持って帰りますね」
 キリアンは慌ててこれを止める。ゲストパスは特に緊急を要するものではないし、何より彼女に力仕事などさせられない。
 明日にでも自分が戻しておくと言って箱を取り返した。





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