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 魔の一日と言っても過言ではないその日の出来事は、強烈な情報規制と根回しによって94%が封殺された。
 この驚異的な数字は、あの日から外務庁に入り浸っている世界王西殿秘書官の差配による。彼は下品なほど各所に金をばら撒き人々の口を塞いだ。
 被害に遭った学校のクラスには一人七百万、学校に二千万エルーという慰謝料を支払い、シーズヒルで活動した警察官に各百万、ラケイン警察署に一千万、それらを総括する警察庁、国家公安省、更に内閣官房府に各一億ずつ、更には騒ぎを嗅ぎつけたマスコミ各社にも五千万エルー出費した。
 外務庁職員は秘書官がその出費を痛がるどころか「これで一安心」などとほくそ笑みながら領収書を眺めるという不可解な光景を目の当たりにした。
 これをフィーアス・ロブリーに確認すると、税金対策という何ともまともな返答が返ってきた。
 国会議事堂と違い、月陰城は職員の住居も兼ねている。
 故に公私、そして昼も夜も関係なく激務を熟す彼らはその高い給料を使う暇がない。貯まる一方の預金残高だが、一定額を超えると所得税が変容した特殊課税段階という五段階の特別措置が取られる。それぞれえげつない程の額が税金となるのだが、それに加え幾つかの義務が発生するのだという。
 月陰城上層部では半年に一度のその課税と義務を逃れるため、規定額を超えた分は――艱難辛苦を経て結局――寄付に回されるそうだ。
 これを聞いた者は二重に驚いた。
 彼らの超高額所得は勿論、今回損害賠償や口止め料で支払われた十億近い金額全てがあの秘書官の個人出費であるという事だ。
 けれどそうすると疑問が生じる。
 彼の所得は当然ゴルデワ通貨で支払われている筈だが、このほどばら撒いたのは紛れも無くサンテ通貨だった。外務庁も財務省もゴルデワと為替取引などしていない。
 事情を尋ねるとこういう事だった。
 まずゴルデワで金を物品に変え、それをこちらの民間企業に売買する。勿論元値は取れないし買い叩かれることもあったそうだが、彼らにとって重要なのは利益ではなく、サンテ紙幣を手に入れることなのだ。フィーアスとの繋がりが出来て以降、西方の何人もがそんな事をやっていたのだという。当然この何十年で貯まりに貯まって億など簡単に越えたそうだ。
 フィーアス・ロブリーについてもこの日以降、周囲からの印象や対応が少し変化した。
 学校から戻った直後の凄まじい様相、そして着替えて戻った首や腕の痕を剥き出しにした服装、何よりゴルデワ人たちと親しげにする姿は、これまで彼女に抱いていた幻想を打ち砕いたようだった。
 世界王に嫁いだことは知っていた。それが政略結婚だったことも。けれどそれらは情報として知っていただけで、大多数の者が実感していなかったのだ。
 結婚生活は数十年、子供は三人、月陰城の出入りも自由。考えてみれば親しいのは当然だ。
 けれど彼女のゴルデワとの接点を全く見ていなかった者たちはどう接して良いのか戸惑い、遠巻きにするようになった。
 フィーアス本人はそんな周囲の変化にまだ気づいていないが、知ったとしても大した打撃ではないだろう。
「強いな」
 まだ意識が戻らないという夫が心配で仕方ないだろうに、懸命に働く姿にカウラは思わずそう漏らした。それをマイデルがちらりと見て鼻を鳴らす。
「頭のねじが抜けているだけだろ」
「シルヴィオ」
 上司の口の悪さを苦笑して窘め、手元の書類を差し出した。
 マイデルはそれを一読し舌打ちする。
 あの日いったい何が起こったのか、その詳細が判明したので鑑賞会を開くという旨の通知書だ。文章の下には参加者氏名を書く欄があり、既にカウラの名前が記入されている。
 マイデルもその下に自分の名前を書き込むと切り取り線に添って鋏を入れ、対策副本部長に提出した。





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あきゅろす。
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