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 その日はまさにシンポジウム日和という快晴だった。厚生労働省が企画したこの度の催しは、全国の医療関係者を集めての各種新薬の発表と親睦を目的として開催された。
 主催を努めた厚生労働省長官のマイデルは薄暗い大ホールを巡回しながら恙無い進行に満足していた。壇上では研究員が映像を使って効能の説明をしている。マウスによる実験結果から始まり、人体投与の過程が実に明瞭且つ簡潔に伝えられている。
 今回、マイデルが特に普請したのはこの説明段階での指導だった。
 どんなに効き目のある薬でも、専門用語がずらずらと並ぶだけの説明では傍聴者の理解に差が開いてしまう。参列しているのは研究員や医師だけではない。製薬会社やら保健所やら、素人も多いのである。
 勿論、薬品自体が良品であるのは言うまでもない。
 すり鉢状の客席の入はぽろぽろと空席が有るものの、上々だ。あの一体はあの会社で、そっちは医師会、等と客席脇の階段を登りながら当たりをつけていたマイデルは、最上段の通路に立ち見をしている客を見つけた。発表会は半ばまで進んだもののまだ先は長い。席も指定ではないので座ってもらおうと近づいた。
 その姿が近づくにつれてぞわぞわと背筋が粟立つ。この感覚には覚えがあった。
「貴様、そこで何をしている」
 間はまだ五メートルは空いているだろうが構わずマイデルは言い放った。案の定、抑えた声でも男は振り向いた。
「やあ、どうも」
 紅隆は被っていたフードを払い、寄り掛かっていた柵から身を起こす。特徴的なオレンジ色の頭髪が、暗がりの中に浮かび上がった。
 マイデルは足早に近付き、嫌悪も隠さずゴルデワ人を睨みつける。
「不法侵入も大概にしろ貴様。今すぐこの国から出て行け」
「俺達は招待されて来ているんだ。お前にごちゃごちゃ言われる筋合いはないなぁ」
 俺達?と鸚鵡返しに問うと、紅隆の影から女が現れマイデルに頭を下げた。長い前髪で顔の右半分を隠した艶っぽい女だ。唇が赤い。
 医師を名乗ったフリューゲルという女は、西殿夫人からお招き頂いたのですと説明した。ニシカタとは目の前のふざけた世界王の事らしい。その夫人といえばマイデルの部下の事である。
 マイデルは懐から端末を取り出し、不肖の部下を呼び付けた。ロブリーは幾らも経たずにマイデルとは反対方向から駆けてきた。夫を見つけてだろう、パッと笑顔になったが、その後ろに凶相の上司を見て喜色を引っ込めた。
「どういう事だ」
 直ぐ後ろのドアから廊下に出る。ホール内とは違って硬い床は歩く度にカツカツと音がする。向き直って糾すと、ロブリーは困った顔で、でも長官と言った。
「でもじゃない。あの男の出入りを阻む為に外務庁が苦心しているのは知っているだろう。イーガルはお前の同期だな」
 はい、とロブリーは俯く。
「先日の一件で連中は大変だったそうじゃないか。この間擦れ違ったが、随分ふらふらしていたぞ。元老共に何か言われたらしいが……お前は友人を過労で殺す気か?」
「そんな」
「だったら今すぐ叩き出せ」
「待って下さい! あちらの医療技術はかなり進んでいます。取り込もうとは言いませんが参考には出来るのではないですか」
 食い下がる部下をマイデルは睨め下した。しかしロブリーも負けてはいない。紅隆の妻を名乗るからには、これくらいの視線で音を上げられないのである。
「何の為の国交なのですか? 彼らを排斥しても、もう以前のようには行きませんよ。今まで覆い隠していた疵が露呈したのだと長官も仰ったではないですか」
 マイデルの顔から表情が消える。
「あれはギボールを殺した男だ」
「私怨では何も解決しません」
 無言のまま、二人は睨み合う。そこに背後から声が掛かったのは次の事だ。

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