[携帯モード] [URL送信]
8



 はい、と差し出されたボールペンを受け取ってアリシュアは後輩に礼を言った。
「いやあ、三日前に貰ってきたばっかりだったから、助かったよ」
「全く、何処に落としてきたんですか。この頃経費削減だって備品課が煩いんですから確りして下さいよ」
 何処だろうねえと笑って、ボールペンを懐に仕舞う。一職員に経費削減と言う前に、頚を切れば年間の活動予算を賄えるくらい資金が浮く連中がいるじゃないかと思うのだが、それは言ってはならぬらしい。その腐れ豚共を守る為に極悪非道の世界王と戦っているのだから。
「そういえばあんた、データセキュリティは大丈夫?」
 自分の席に戻りかけたファレスは、え?と振り向いた。
 先日、世界王自身が何食わぬ顔で宮殿を訪れたばかりだ。先方に隠す意思が無かったから発覚したものの、悪意を持って潜入するとなれば証拠を残す連中ではない。館内に入られてしまえば、議事堂には出入り制限を掛けるようなセキュリティは殆んど無いのだ。何処にでも出入りできるし、入った先で何でも出来る。
「流石に重要機密は厳重に保管してあるけど、うちの『厳重』とゴルデワの『厳重』が同じレベルとは限らないでしょう? それ以外のデータにはロック指定すらないじゃない。何を掠め取られるか分かったもんじゃないよ、それじゃあ」
 とは言うものの全庁の共通方針に定まっていない以上出きる事には限りがある。しかしその限りある中で出きる事はした方が良い。
 ファレスのみならず、周囲にいた同僚達が一斉に蒼くなった。
 ゴルデワとの国交が始まったのは先代の頃だが、殆んど名ばかりの交流だった。ゴルデワ側が本格的に首を突っ込んできたのは前の神、ギボールの死がきっかけだ。彼の死の原因、遠因、元凶を改善しろと要求しているのである。決定的証拠を押さえられている為に突っぱねることも出来ない。対応に苦心する余り、身辺が疎かになっているのではないかと彼女は言っているのである。
 今更な気もするけどねと締め括ったアリシュア自身は、入庁した当初からセキュリティ管理を徹底していたから、ある程度の懸念は無いのだ。
 一斉に慌て始めた同僚達を尻目に、アリシュアは仕事を再開しながら頭では全く別の事を考えていた。
 その日も一人抜かりなく定時で上がったアリシュアが向かったのは、市内郊外に広がる住宅地だった。マンションなどの集合住宅が密集していて人が多い為か、どうにも雑然とした印象を拭えない。
 車を路肩に適当に停め、ダッシュボードから機材を取り出して外に出た。
 街灯が灯り始めた道を幾人かと擦れ違いながら進む。アリシュアが足を止めたのは直ぐ近くの公園だった。
 流石にこの時間では遊んでいる子供の姿は無い。それをいい事に、入り口脇の柏の木にヒールのまま軽々登ると、車から持ち出した機材を作動させた。次元探査機である。アリシュアが持ち出した頃はこれが最新型だったが、今ではもっと小型になっているだろう。片手でどうにか持って、梢の中に突き出した。
 しかし予想に反して探査機は何の反応も示さなかった。ここ暫く、開口した様子はないというのである。
 公園の横を学生が通り過ぎていく。それを見送って、アリシュアは軽やかに飛び降りた。
 大門はゴルデワとサンテを繋ぐ唯一の道だと思われているが、実際は違う。世界中のあちこちに同じような場所が存在するのだ。ただ大門を設置している場所が何処よりも大きく安定しているというだけのことなのである。
(あいつが手を貸している……? まさか)
 結婚して随分丸くなったらしいが、連中と馴れ合うくらいなら殲滅して乗っ取るくらいはする男だ。考えを即座に否定し、アリシュアは無断駐車していた車に乗り込んだ。

[*前へ][次へ#]

8/30ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!