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 外務庁三階、第二小会議室。
 普段滅多に使われないこの会議室は、現在臨時の留置所と化している。
 何度連絡しても許可が無いと出動できないと言い張る防衛庁機動隊に見切りをつけ、外務庁が大騒動を引き起こした不審者を預かることにした。職員たちからは不安の声が上がったがコルドがこれを捻じ伏せる。防衛庁が動かないのならどこの省庁だって引き受ける筈もなく、かといって警察に引き渡すには不可解な点が多すぎた。
 男の身柄を運び込んでも丸一時間は点灯を繰り返していた黒い文字の羅列に情報を外に漏らすなと言う一文が無ければ、コルドも迷うことなく警察に通報していただろう。今思えば危なかったと言うよりない。
 あの男がサンテ人であると証明できるまでは外へ出す訳にはいかないのだ。
 この日ばかりはアリシュアも定時がどうのと言う事はしなかった。寧ろ率先して事態の収束に当たっている。
 薄気味悪がって誰一人近寄りたがらなかったのもあって、アリシュアがたった一人で男と向き合っていた。
 男を拘束していた白い塊は僅か二分程で消え失せたのだが、表れた手首と足首にそれぞれ真っ黒い痣のようなものがあり、それは強力な磁石のように働いて男の自由を奪っている。
 運び込んだソファに転がせた男は、完全に沈黙を貫き、目を合わせようともしない。
 アリシュアは向かいに置いたスチール椅子に座って手元の資料を確認していた。先日、ランティスを通じて入手した資料である。
 資料の中に目の前の男を発見したアリシュアは、その経歴に眉を顰める。アリシュアがそれを読み上げると、男は酷く驚いた様子を見せた。
 その反応はこの資料が有用だという事を如実に語っている。
「お前がここ数カ月宮殿内をうろつき回っていたのは誰の差し金だ」
「…………」
 男はどうしてそれを、という顔をする。
「……オーセル・ギデアイン、か?」
 相手の反応を見たアリシュアは重々しくため息を吐く。
 尋問官の問いにここまで如実な反応を見せるボンクラを、あのチェスティエより僅かに劣ると思っていた自分が腹立たしい。僅かどころの話ではない、訓練途中で逃げ出すような者があの女の足元にすら及ぶ訳がないのだ。
 そのレベルの低いスパイでさえ発見できないでいる政府の防衛力の低さにも辟易する思いだった。
 舌打ちしたくなることはもう一つあった。
 この男を拘束したあの現象は、以前対チェスティエ用にとアリシュアが仕掛けさせた探査捕縛結界に間違いないだろう。監視用モニタユニットを紅隆に接収されてすっかり忘れていた。
 けれど論点はそこではない。
 アリシュアの知る探査捕縛結界はもっと隠密性の高いものだった。作動時にあんな地震は起きないし、文字の掲示もない。捕獲対象を高々と吊し上げたりもしなければ結界網を目視することも出来なかった。
 動揺くらいで手元が狂うような男ではないことはアリシュアが誰より良く知っている。つまりあのド派手な演出は故意に術式に組み込んだものだという事だ。
「……セルファトゥスめ……」
 男に聞こえぬよう小声で呟く。何の嫌がらせか知らないが、次に会うことがあったら骨の五、六本圧し折らねば気が済まなそうだった。
 兎に角今出来る対応は、全てをこの男に擦り付けることだ。春宮に対し悪さをしようとしたものの、失敗し露見した――そうシナリオを組んでしまえばいい。
 窓の外はすっかり暗くなったが、人の気配は以前濃い。こんなことがあっては帰宅する者の方が少ないのだろう。
 ぼんやりと窓ガラスに映る自分を眺めていたアリシュアに男がついに「おい」声を掛けた。見れば不可解なものを見る目でこちらを見ている。
「……あんた、何でギデアインの名前を知っている……?」
 そんな事を訊いてしまう時点で男の敗北は決していた。




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