119 取り敢えず外務庁へ戻ろうと本宮から公路に入ったところで奇妙なものが目に飛び込んできた。 この位置だと公路の窓から春宮の側面が見えるのだが、様子がおかしい。揺れが治まってやっと立ち上がった者たちもその様子に口々に声を上げる。 春宮の白い壁にキラキラと光る線が網の目のように奔っているのだ。窓を開けて身を乗り出すと更にその様子が良く分かる。光の網は春宮全体を覆っていた。 「……これは……」 「うわっ、何だこれ?」 見兼ねた女性職員に貰ったティッシュを鼻に詰めたファレスも同じように外を覗く。他にも変わり果てた春宮の様子を不安げに見つめる者が窓際に多数見られた。 「…………ファレス、行くぞ」 公路を抜け中央ホールまで戻ってくると、二人は外務庁へは戻らずそのまま外へ飛び出した。建物をぐるりと回って目指すのは勿論春宮である。 地震の際に出たのか、外には随分と多くの職員がいた。その殆どが春宮の異変を目の当たりにして右往左往している。そんな彼らを蹴散らして春宮の正面に回り込むと、そこには既に人だかりが出来ていた。 人々は一様に上を見上げ口を開けていた。指差す先には―― 「……人が……」 巨大な春宮を覆った光の網はドーム型の屋根と壁との境辺りで収束している。その中央に、蜘蛛の巣に捕らわれた蝶を髣髴とさせる体勢で人が絡まっていた。 更にその頭上には、白い壁面に映える黒く太い文字がまるで電光掲示板のように浮かんでは消えてを繰り返している。 『不審者を捕縛 至急防衛庁機動隊を動員せよ』 『担当者は直ちに情報規制を敷き 一切の情報を外部に漏らさぬよう』 アリシュアは走る速度を落として人垣に近づく。すると光の網はずるずると垂れて、捕えた人諸共ゆっくりと下降してくる。 「外務庁です! 通して!」 人垣を掻き分け先頭に出てくると、丁度それも降りてきたところだった。アリシュアは何とか逃れようともがいている人物の顔に内心舌打ちを打つ。爪先から口までを白い糸のようなもので簀巻きにされていたのは、このところ宮殿を嗅ぎまわっている男だったのだ。 「機動隊には連絡したの?」 後ろの群衆に問いかけるが彼らはそわそわとするばかりで答えが返ってこない。今度は実際に舌打ちをして部下に防衛庁機動隊と内閣府、そして外務庁へ事態の連絡をさせた。 その間にも宮殿を覆っていた光は地面に転がった獲物に巻き付いていく。春宮を覆うものがすっかり無くなった頃には巨大な雪玉に男が突き刺さっているような物体が完成していた。上を見上げると文字だけはまだある。 「キャネザ! 一体これは……?」 外回りから戻ったばかりなのだろう、外務庁第一執務局の先輩職員が人垣を掻き分けてやって来た。額には大粒の汗が浮いている。 「分かりません。今内閣と防衛庁とうちに連絡は入れました。――外の被害状況はどうです?」 すると男性職員は何のことだと首を傾げた。 「え……、すごい揺れたじゃないですか」 「いつ?」 アリシュアとファレスは揃って顔を見合わせた。すると群衆の中からも外に出たら揺れは治まったという声が多数聞かれた。どうやら揺れたのは宮殿の建物、もしくはその中に居た人間にのみ感じられたのかもしれない。 なかなか来ない機動隊に焦れながら三人で野次馬を退ける。シーヴェンという先輩職員が怒鳴った。 「あんたら職場放棄もいいかげんにしろ! 素人じゃないんだから自分の仕事に戻れ!」 そうやって散らしてもしつこく残っている者がまだいる。そのうち防衛庁より先にコルドが部下数名を引き連れて駆け付けた。 「元老院は!?」 「応答ありません」 官位の関係で三人は中には踏み込めない。それでも入り口を抉じ開けて呼びかけたが誰も出てこないのだ。コルドは青ざめた様子で中に駆け込んだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |