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 毎月五日の恒例行事、一般開放日。外務庁には無関係となった行事だが、毎月他の省庁を冷やかしに出る者も多い。
 けれど今月はそうやって欠ける者は一切いなかった。
 何故ならそんなことをしていては定時後三時間以内に終わらないからである。
 勤勉に働くそんな部下たちの様子をコルドは苦笑いで眺めていた。どこもかしこも山脈が出来上がっているが、一際高く分厚い層が築かれている席がある。最早誰何する必要もない程見慣れた光景だ。アリシュア・キャネザであった。
 第一執務局内で片手に入る程仕事量が多いにも関わらず、誰よりも先に綺麗に片づけるのも彼女だ。
 ランティス・カーマ氏の無理難題で彼女が抱えた仕事は先月の倍に膨れ上がっていたが、これまでの三日間、キャネザはいつも通り定時に帰宅している。
「何度も言うようだが、昇進を考えてみてはくれないか」
 呼び出してそう訊ねても返答は素気も無い。それどころか自分はここには不用かと問われる始末でコルドは困り果てた。
「……どうしたもんかなぁ」
 ごった返す食堂でタインと共に昼食を摂る。ぼんやりと料理を突くコルドに対し副官は忙しく口を動かしていた。
「本人も嫌がっていますし、このままで良いのではないですか? というか、今の状況でキャネザが抜けたことを考えるとそっちの方が怖いですよ」
 タインの言うことも最もである。第一から第三執務局の中でもキャネザのキャリアは浅い方だが、その処理能力は経験豊富なベテラン職員にも劣らない。寧ろそんな彼らからも頼りにされるほど良くやってくれているのだ。
 不用などととんでもない話だ。
「長官は、何か昇進させたい理由でもあるのですか?」
 リスのように頬張る部下の姿に気を削がれる。タインは仕事は丁寧なのだが食事の仕方は雑だった。
 水でパスタを嚥下するとコルドは勿体ないじゃないかとフォークにパスタを巻きつける。
「確かにうちは大助かりだが、キャネザを見ているとどうも宝の持ち腐れという言葉が頭を過る。西殿ではないが、元老院が幅を利かせる今の政府を刷新するならああいう人材を投入すべきだと思う。それを……本人は兎も角、ヴァルセイアまで拒否するとは……」
 タインはパエリアを掬う手を止める。
「……入籍は来月末に決まったそうです」
「そうか……」
 内閣官房長官の結婚である。本来なら盛大な式を挙げて国民に大々的に喧伝するものだが、相手が元老院の縁者という事でゴルデワに配慮して籍を入れるだけとした。アミンも止むなしと承認したという。
 急き立てられるように食事を終え、腹ごなしがてら中庭を歩くことにした。男二人で寒々しい話だが雑談をするには丁度良い。
「それにしても、毎月毎月良く来ますね」
 基本出入り自由となるので、こんなところにも民間人は多い。勤務している側からすれば遊びに来て楽しい物などないのにとタインはぼやく。
 勿論同じ人が毎度来ている訳ではないだろうが。
「それだけ政府に対する国民の関心が高いという事だ。良いことじゃないか」
 視線の先のベンチには商社マン風の男性が端末を操作している。平日に珍しいなとぼんやり見ていると不意に視線が合った。
「…………?」
 会釈したコルドに対しその男は顔を隠すような素振りをして立ち去ってしまった。春宮の方向へ走り去る姿に首を傾げる。
「どうしました? あの人が何か?」
「いや…………」
 不躾に見すぎただろうかと反省しながら腕時計で時間を確認すると、業務再開時間までまだ三十分もある。
「タイン、ちょっと付き合ってくれ」
 そう言って部下と共にやって来たのは霊廟だった。
 無人の受付で記名を済ませ、ふと思い立って履歴を見る。すると僅か十分前までキャネザの息子が此処にいたことが記されていた。
 神の眠る廟。空気が冷やりとする。





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