115 しんと静まり返った家の中にかちゃかちゃと食器の触れ合う音がする。 ワゼスリータは洗い物をしながら首を伸ばして壁掛け時計を確認した。そろそろ一時間が経とうとしている。 最後の皿を水切り籠に入れると茶箪笥からコーヒーカップを五つ取り出し、火に掛けておいた薬缶のお湯でカップを温めた。洗い物の途中に用意しておいたコーヒーメーカーからサーバーを取り外し、お湯を捨てたカップに香り立つ黒色の液体を注ぎ淹れる。 小型ワゴンに湯気を立てる五つのカップとミルクと砂糖、スプーン、籠に入れたバケットとジャムにマーガリンを載せた。 客室棟の手前から二つ目、そのドアをノックする。返事を待たずに中に入ると難しい顔をした大人が五人、テーブルを囲んでいる。 父コーザとヴィンセント、南殿ルシータ、その秘書官であるカルロスとホランドである。 二時間前にはここにエーデと、以前来たカーマという男性が加わっていたが、二人とも三十分ほど前に引き上げていた。 会議の邪魔をしないように静かにカップを入れ替える。テーブルの中央には書類やタブレット端末が陣取っているので軽食はカートごと置いて部屋を出た。 引き上げた七つのカップを洗って片付ける。弟妹達は当の昔にベッドの中だ。ワゼスリータもようやく睡眠にありつける――と思ったのも束の間、母が帰ってきた。 「お帰り」 出迎えたワゼスリータに対しフィーアスは驚いて目を見張った。 「いやだ、まだ起きてたの?」 日付変更まで一時間を切っている。小学生のワゼスリータにはまだ辛い時間だ。 「もう寝る」 「こんな時間まで何してたの?」 そう問われワゼスリータは客人があったことを話した。 夕食を終えた頃合いにインターホンが鳴ったのだ。やって来たのは見覚えのある男性だった。 「お父さんは御在宅かな?」 と問われたので玄関先で待ってもらい、父を呼びに行った。 最初は父と二人で客室に収まったのだが、ヴィンセントが来てエーデが来てと、ぽろぽろと人がやって来る。何とか隙間を見つけて風呂に入り、上がった頃に丁度ルシータ率いる南方一行がやって来た。 追加の茶の支度をしたり弟妹を寝かしつけたりしているうちに時間がどんどん押してしまったのだ。 フィーアスは溜め息をついて娘を寝室へ急かしたが、ワゼスリータは途中立ち止まってちらりと振り返った。 「まだルシータさんたちいるから」 「はいはい」 月陰城には個人のプライベートに関する場所を除き、至る所にカメラが設置されている。安全対策のためだが、時折それが邪魔になる時があるらしい。 世界王のプライベートルームも機密性が完璧に保たれる訳ではないらしく、主に極秘の事案を処理する際、家主に許可を得てこの家の客室を使うのだ。 入浴を済ませあとは寝るだけとなると、一言挨拶くらい……、という気になってくる。 乾かしたばかりの髪を靡かせ客室棟へ向かった。 部屋の前に立ちノックをしようと腕を上げかけた時、「キャネザ」という単語が耳に飛び込んできた。これはホランドの声だ。 その名前に一気にやる気を削がれてしまった。 フィーアスは声を掛けるのを諦め、そのまま踵を返す。寝室のベッドに潜り込むが中々睡魔が訪れない。 中にいるのは夫とヴィンセントとルシータ、そして彼女の秘書官二名だ。その面子でアリシュアの事が話題に上るとはどういう状況だろう。 結局眠れないまま寝返りを繰り返していると、寝室のドアが開いて誰かが近づいてくる気配がした。フィーアスは目を閉じて寝たふりをする。 冷たい手が、頭に触れた。 「早く寝ないと明日に響きますよ」 離れた手を追うように飛び起きたフィーアスの目の前には夫の姿ではなく妙に明るい室内が広がっている。カーテンの隙間から漏れた朝日が時間の経過を告げていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |