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薄曇りの午後。
その喫茶店は休日とあってママ友と思われる主婦や若いカップルで殆どの席が埋まっていた。
店員は忙しなく店内を動き回り、客をどんどん回転させていく。
昼のピークを過ぎようという頃、新たに一人の客がやって来た。髪に白いものが混じる男性客だ。ポロシャツにスラックスと至って凡庸な格好だが、腕時計や靴などの装飾品との調和が取れ、ある種の気品まで見えるようだ。
若い店員がその客の応対に出たのに僅かに遅れて、最奥の席で待っていたアリシュアが立ち上がった。その席は仕切が設けられある程度のプライベートは保てるようになっていた。この店にはそんなブースがあと二つある。
やって来た男性からもその姿が見えたようで、彼は店員に断わって奥へ進む。
「お休みのところ、お呼び立てして申し訳ありません」
アリシュアがそう言って席を勧めると、彼は少しだけ会釈して向かいに腰を下ろす。
彼は三日前、エレンに連れられて訪れたバーのマスターである。無理を言ってこの席を設けたのだ。
約束を取り付ける際に彼の名前も仕入れた。クウォールトフ・マクレガン氏。
「お好きなものを注文なさって下さい」
「お話は何でしょうか」
硬い声音にメニュー表を取りかける手が止まる。仕方なくコーヒーだけ注文した。
「先日お願しましたように、例の二人組について知っている事をお聞かせ願いたいのです。話の内容や、どのような面子で来ていたのか……。申し訳ありませんがボイスレコーダーの使用をお許し下さい」
アリシュアは掌程の小さな機材を卓上に置く。
マクレガン氏は渋面で押し黙り、電源の入っていないそれを見下ろす。
アリシュアは既に自分の素性を明かしているが、それでも警察でもない者に自店の客のプライベートを開示しろと迫られるのは不快なのだろう。
程なくして出てきたコーヒーにも彼は一切手を付けない。
このままでは時間だけが過ぎると察し、アリシュアは鞄からタブレット端末を取り出した。既に所定の画面を開いており、そのまま氏の前に差し出す。
「かなり量があって大変申し訳ないのですが、見覚えのある人物が居たらチェックをお願いします」
A4版の画面上に二十人ずつ顔写真が並ぶ。
マクレガンは更に眉間を寄せた。これは一体何かという問いに対しアリシュアは回答を拒否する。
「…………」
渋々、彼は画面に向き合った。暫く無言で端末を操作していたが、やがて自らボイスレコーダーの電源を入れてぽつりぽつりと話し始めた。
二時間ほどかけて作業を終えると流石に疲れたのか、マクレガンは軽食を注文した。彼が食事をしている間、アリシュアは早速タブレット端末の確認を始める。
食後のコーヒーが出されるとアリシュアは鞄から大きく膨らんだ封筒を取り出して氏の前に差し出す。謝礼ですと言うと彼はあからさまに顔を顰めた。
「国民の血税をこんなことに使うのですか?」
侮蔑の色さえ混じった声にアリシュアは頭を振る。
「これは私が外務庁に勤める前に得た個人資産から捻出したもので、月々頂いているお給金からは一切出しておりません。口止め料も含んでおりますのでどうぞお受け取下さい」
マクレガンは暫くアリシュアを睨んでいたが、やがて諦めて封筒を仕舞い立ち上がった。
立ったまま動かないので不思議に思いながら見上げると、彼は顔を背けたまま言う。
「……純粋な客としてなら、当店は貴女を歓迎します」
アリシュアは大きく瞬きを三回した。
「……是非、伺わせて頂きます」
去っていく背中に頭を下げる。体を起こしたところで一つ前の席からランティスが顔を覗かせた。
「俺への謝礼は?」
この件で交渉や強行軍を強いたことを言っているのだ。アリシュアは無言でランティスの席の伝票を取る。自分も席に戻って食事を注文した。
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