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 アリシュアには家から出した息子の他に家族は居ない。両親など顔も知らないし、少女時代は猥雑の中で育ったと言ってもいい。大人も子供も混じった、殆んど集団生活だった。その共同体を家族と呼ぶのなら、最初の家族は彼らだろう。
 しかし戦争によって半分近くを失った。その後国家自体が解体されてしまい、戻る家もなくなった。
 二度目の家族は仕事仲間だった。仕事仲間を家族とは呼べぬというのならそうかもしれないが、随分と長いこと一緒にいた連中である。アリシュアの中では彼らは家族と同義なのだ。しかしこの家族も、また散り散りになった。どうしようもない事だった。
 そうして今度こそ独りになる処を拾ったのが死んだ夫である。
 夫はアリシュアに様々のものをくれた。
 人生経験も金銭も並々ならぬ程持っていたアリシュアに名前をくれた。居場所をくれた。家庭をくれた。息子をくれた。
 愛していると言われた。それでも、同じ言葉を返したことは無かった。照れくさかったのもあるし、意地を張っていたのもある。しかし一番は、言葉にするのが怖ろしかったのだ。夫に感じる痛く、擽ったく、柔らかい想いを「愛」と名を付けるのが恐かった。
 夫の死を聞いた時、これで正しかったのだと思った。驚愕や喪失感はあってもあんな風に狂うほどの想いが湧き上がることは無く、涙も出なかった。
 三人で住んでいた部屋もその死を受けて早々に引き払ったから、今の生活に夫の面影を見ることも殆んど無い。息子も成人した今となっては、アリシュアの生活は惰性以外の何物でもなかった。
 ロブリー家を辞した後、ウィンドウショッピングをしたり細々と用事を足して家に帰ると、中で男が待っていた。父親に似て背だけひょろひょろと伸びたアリシュアの息子だ。
「……女の部屋に無断侵入するとは良い度胸だな」
「だって認証登録してくれたじゃん」
 見ればダイニングテーブルには湯気の立つ食事が二人分並べられている。
「早すぎだろ。まだ夕方だぞ」
「……ロブリーさんのとこ行ってたの? よくやるね」
「いいだろ別に。楽しいし」
 部屋着に着替え化粧を落としてくると、アリシュアは早速食卓についた。結局食べるんだろとの息子の文句を黙殺し、セラーから一本出すように命じる。
 アリシュアは酒には煩い方で、今あるものも酒蔵まで行って手に入れたものやら大枚はたいて奪うように仕入れた品、二束三文で手に入った掘り出し物まで、美味いと思ったものは極力揃えるようにしてあった。それでも十余り程度で、中々昔のような選り好みの仕方も難しい。その代わり酔えれば良いというような粗悪品も殆んどなく、つまらないことこの上ない。
 眼鏡に適った数少ない品も開いてしまえば三十分と持たない。食事が終わる頃には結局二本目に手がついており、そのままにする訳にも行かず泣く泣く空にするのだった。
「……もうこれは買いに行くしかないんじゃないか」
 仕事を休んでまで遠方に酒を仕入れに行くとは一体何事だろう。そんな白い視線も意に介さず空いた瓶を抱えて窓辺に寄る。明かりの灯り始めた休日の街は、明と暗が混ざり合い、何やらうら寂しいような心地にさせる。あの日の夕暮れに似ているなとアリシュアはぼんやり思う。
 くるりと振り返り、食器を洗っている息子の背中に呼びかけた。
「お前早く子供作れ」
 ガシャン、と大きな音がする。何言ってんだとの文句を鋭い視線で斬り返した。
「それか歴史に名が残るようなでかいことしろ。献花する暇があるんならな」
「……いいだろ別に。母さんこそ一度くらい行ったらどうなんだ」
 アリシュアは返事をせず再度窓の外を眺めた。死んだ神になど会いたくないし、世界王が出入りしているなら尚更行く気にはなれないのだ。



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あきゅろす。
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