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 二杯目はアイスコーヒーにした。
 差し出されたそれを一口飲むと、タインは少しだけガムシロップを入れてかき混ぜる。
 お茶請けには土産のケーキを添えた。彼は執務室とロブリー家の子供たちを合わせた人数の三倍近くを土産に差しだしていた。プライベートルームに常駐していた当番たちにも振る舞われたが当然余る。その内の二つを確保し、相談の席に饗したのだ。
 フィーアスはきらきらと輝くフルーツケーキをフォークでそっと切り崩す。タインの前には光沢も眩しいチョコレートケーキがあるが、彼は特に感慨もなくぞんざいにフォークを突き立てた。
「全く参ったよ。たった二人の介入で部下の身元が怪しく見えるなんて……。説明を拒否しているあいつも問題なんだが……」
 西殿との関係を尋ねても知らぬと言い、カーマについて尋ねても知り合いだとしか言わない。何某か一言弁明すれば不信を煽ることもないのに、アリシュア・キャネザはそれをしない。
「……言わないの?」
 咀嚼しながら「言わないな」とタインは答える。息子が大事なのだ、と言う場合もあったが、詳しい説明はない。
「一応西殿に探りを入れてもみたんだが、俺如きじゃ暴かせてもらえなかったよ」
 紅隆はにこりと笑うだけ。直ぐに話を逸らされてしまった。
 外交官として情けない話だがタインには世界王を切り崩す手立てがまるで見えなかったのだ。
「お前は何も知らないのか?」
 傾けるグラス越しに強く見据えられフィーアスはたじろいだ。からんと氷が音を立てる。
「何も知らないのに、カーマ氏の正体なんて知りたがっているのか?」
 今日の残業かったるいなあと言うような口調だった。それでも友人から醸し出される空気は完全に嘘だと断じている。フィーアスは背中に汗が滲むのを感じた。
 タインは億劫そうにグラスを回しながら続けた。
「何で俺がここに来たか分かるか?」
「え?」
 突然話を逸らされフィーアスはぽかんと口を開けた。しかしタインは始めから答えを求めていた訳ではなかったようだ。
「西殿の目の届かないところでお前と会って、変な勘繰りをされたくなかったのと……」
 そこで言葉を切り彼はのそりと立ち上がる。ドアの前まで移動し静かにノブを握ると、勢いよく押し開いた。
「……居ないか……」
 突然のことにフィーアスは目を白黒させる。ドアを開けたままのタインがこちらを振り返って言った。
「俺が来ていると分かったら部下に張り付かせて盗聴してると思ったんだがな」
 勘繰りすぎたらしいとドアを閉めようとするタインを押し止めると、フィーアスも立ち上がって廊下を覗きこんだ。
 暫く窺ったのち「ご苦労様です」と無人の廊下に向かって声を掛ける。タインは怪訝そうに首を傾げた。
「光学迷彩を利用できるボディースーツがあるのよ。それだともし居ても分からないんだけど……、本当に居ないのかしら?」
「………………え?」
 ぎょっとするタインに気付く様子もなく、フィーアスは廊下に出て行ったり来たりを始める。見えないだけでスーツの中身が無くなる訳ではない。触れば分かるのだ。
 しかし三度往復してもぶつかるものは無かった。居ないようだと結論付けたが、もし本当に聞き耳を立てていた者が居たとしても素人に察せられるような仕事はしないだろう。
「でも聞かれて不味い話なら尚更外の方が良かったんじゃないの?」
 室内に戻って尋ねると、いささかやつれた感のあるタインはそれを否定した。寧ろ聞かせたかったのだと言う。
 こちらの政策がゴルデワ側に軌道修正されれば、そのポイントからゴルデワ側の事情や心理を読み解くことが出来るようになる。
「だったら誰かに同席してもらった方が手っ取り早かったんじゃ……」
 いや! とタインは強い口調で遮った。それだと逆に緊張してしまうのだ。





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あきゅろす。
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