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 国政を執り行う際、有識者による指導などはよくある話だ。厚生労働省も度々学会や会合を開いたり、専門家を宮殿に召喚したりすることはあった。
 けれどこの場合は職員の知人と言うだけで正体不明の民間人である。フィーアスは唖然とし、タインは酷く疲れた様子で溜息を吐いた。
 実は秘かに身辺調査をさせたことがあるんだとタインは言った。もちろんアリシュア・キャネザのである。
 アリシュアの経歴はこうだ。
 生まれはフィオジン州ローツガ市。けれど四歳のときに両親が離婚、親権は母親が持った。この母親は以後再婚と離婚を繰り返し、アリシュアは少女時代、都合十六度も姓と住居が変わっている。
 成人して家を出たが、その後数年で当時独り身だった実母は病死。天涯孤独の身の上となった。
 暫くの間アリシュアは職と所在地を転々とし、やがてシーゲル・ソウ・ゲイツという男と結婚、翌年出産している。この時産まれたのがカインである。
 家族の住まいはここセルキンス州のリオナ市、首都オッサムのベッドタウンとして発展した都市だ。息子カインの出生記録から小・中・高・大学までの記録の一切はここにある。
 アリシュアは息子が中学に上がる頃から官僚を目指して猛勉強の末、僅か一年で国家試験を突破、入庁している。一般的に大学在学中に国家試験を受け、合格しても候補生として一時留め置かれる。卒業後丸三年かけて業務訓練を受けるが、アリシュアにはこの候補生時代が全く無かった。
 最短どころか飛び級である。話題にならない筈はないのだが、タインにもコルドにも、そしてフィーアスもその覚えはない。
 ゲイツ氏はカインが高校生の頃に病死しているが、この一年前から夫婦は別居。死亡届が出される一月前に家を引き払っていた。
 不思議なのはアリシュアとカインが一貫してキャネザ姓を名乗っていることだ。キャネザはアリシュアの母親の旧姓である。夫婦別姓まではいいだろう。けれど息子のカインはゲイツと名乗っても良さそうだ。
「……うちも『ロブリー』だけど……」
「当たり前だろ。この国には『コーザ・ベースニック』なんて人間は存在しないんだから」
「いるじゃないの」
「国民じゃないって言ってるんだよ」
 それは置いておいて、とタインは話を戻す。この件に関して、フィーアスとは話が咬みあったためしがない。
 アリシュアの人生は波乱万丈と言っていいだろう。しかし言ってしまえばそれだけなのだ。何も不審なところはない。
「でも、この経歴の中にカーマ氏の出てくる箇所は一つもない。身内のように親しくなる暇なんてないんだ。キャネザは転々としてたんだからな」
 そもそも世界王西殿が彼女に妙な執心を見せたために行った調査だったのだ。しかし調べても西殿や、今回現れたカーマとの接触する余地がまるで見えない。この二人の出現が無ければ、アリシュアの経歴には何の不振もなかった。
「更に言うならキャネザの有能ぶりもこの経歴とは咬みあわない。あいつは大学も出ていないし、これまでの職歴を見てもうちの仕事のノウハウを身に着ける機会なんて無かった筈なんだ」
 元から宮殿勤務を夢見ていたとしても事務や接客業で知識を得られる筈もない。零ではなかったとしても、それに近い状態から一年で国家試験を通り尚且つ即戦力となり得るなど尋常ではない。
「それ、今まで誰も気づかなかったの?」
 タインは無念そうに顔を背けた。負け惜しみを言う。
「だって、書類上は全く問題ないし」
 非難の表情を浮かべながらも、内心無理もないとフィーアスは思う。異例ではあるものの手続き自体は正規の手順を踏んで通ったものだ。様々な価値観・思想の複合体であるがゆえに定期的な内偵を必要とする月陰城側と違い、後になってそれを疑い精査する理由がないのである。





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