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コーザ・ベースニックと結婚してからというもの、フィーアスは自国とゴルデワとの技術力の差に驚くことが多かった。
フィーアスの勤める厚生労働省管轄分野は勿論、他にも種々様々。必要とされるから技術開発が進み一般小売まで行けるのだと以前誰かが言っていたが、まさにその通りなのだろう。
フィーアスは自分の仕事の範囲である医療機器系を主に見せてもらったが、人体の再生技術や代替品製造技術には目を見張った。
特に細胞活性装置は素晴らしい。ゴルデワでは主に傷の早期回復や、四肢を失った者が別に培養しておいた生身の手足と接合する際の促進機として用いられている。聞くと、各内臓の培養も可能なので移植を必要とする患者に速やか且つ危険性の極めて低い臓器の提供が出来ると言う訳だ。
他にも面白いと思ったのは圧縮カプセルなる品だ。
人差し指ほどの大きさの物で、名前の通り物体を圧縮し収納するカプセルである。
その内容量がすごい。一般的な民家1軒くらいなら余裕で収まるそうだ。このカプセルが一つあると引っ越しが楽だろう。
「ただ、生き物は入れられません。高圧縮という性質上、生命の保証は出来ませんし、何よりそれが可能なら公共交通機関の無賃乗車も出来てしまいますからね」
エテルナの説明に成程とフィーアスは頷いた。
その後ろでは他の執務室の面々が微妙な顔をしていたが、フィーアスは全く気付いていない。
その圧縮カプセルが今、目の前にずらりと並んでいる。五十弱ほどもあるだろうか。
残業地獄から生還したフィーアスが帰ったのは、もうじき日付も変わろうかという刻限だった。
いつものように執務室に顔を出そうと向かうものの、こういう日は自宅と執務室との間に横たわるプライベートルームの広さが憎い。へたり込んでしまいそうになっていると、奥から物音がする。覗いてみるとテオルディ・トルゲンが大量の圧縮カプセルと共にいたという訳だ。
「……極秘作戦の準備?」
「ですから誰にも知られないように、こうして夜中にひっそりとやっている訳です」
プライベートルームの一室を使う許可はコーザから出ているらしい。見ている分には構わないと言うので、フィーアスは遠慮なくお邪魔した。
テオルディの傍らには、銀色のトランクケースが口を開けて無造作に置かれていた。これから圧縮カプセルを入れるそうだ。
何が入っているのか気にはなったが、極秘作戦ならば教えてくれないだろうと思いフィーアスは彼の作業を黙って見ているだけだ。大量のカプセルは次々トランクケースの中に収まっていくが、一か所だけ穴を開けたようにケースの底が見えている場所があった。
「ここにはメインディッシュを入れます。でもまだ製作途中で」
「メインディッシュ」
「ええ」
頷くと彼はその穴を隠すように内蓋を被せ、再びその上に圧縮カプセルを収め始めた。収納作業が終わると、テオルディは鍵を閉めたトランクケースをフィーアスの前にでんと置き、音声テストの協力を願い出てきた。
トランクケースの表面には何やら複雑な操作パネルが付いている。他の人に開けられないように認証式の鍵をつけているのだと説明された。
そのパネルを操作すると、右上の小さなランプが緑色に点灯する。その下にあるマイクに向かって名乗ってみてくれと乞われ、フィーアスは言われた通りに実行した。
『認証シマシタ』
おもちゃのような音声が反応を示す。
「大丈夫そうですね……。有難うございます」
「いえ、これくらい」
テオルディはトランクケースを手元に引き寄せ素早く操作をする。『消去シマシタ』と鳴った。
寝なくて大丈夫なのかと言われて、ようやくフィーアスは今の時刻を思い出す。明日は子供たちとの約束の日だ。テオルディに礼を言って慌ててその場を辞した。
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