5
フィーアスにはアリシュアという親しい後輩がいる。正確にはタインの部下で、外務庁に出入りしているうちに紹介されたのが縁だ。
子育ての為に一時宮殿勤務という夢を諦めた彼女だったが、一人息子が小学校を卒業する頃から勉強を始め、瞬く間に宮殿入を果たした才女である。フィーアスはよく子育てについて相談していた。勿論城内にもケイキやロアなど外に家庭を持っている者も居るが、行動制限をかけられているフィーアスには彼らが執務室に来てくれないと会うこともままならない。かと言って、ちょっとした悩み相談の為に呼びつけるのも憚られるし、忙しいエーデやジースの手を止めさせるのも気が引ける。
そんな訳で、偶の休日はお茶会と称して彼女を家に招待しては悩みの種を捕まえて助言を受けていた。
「元気があるのは良い事じゃん」
「有り余りすぎなの。ちょっと目を離すと何でもかんでもひっくり返しちゃって……」
座って十五分も経っていないのに既にそわそわし出した息子を確りと拘束しつつ、お茶請けに出したお菓子で釣って何とかその場に留める。普段仕事で居ない自分の代わりに片づけをしなくてはならないワゼスリータが不憫でならない。
「男の子はそれくらいじゃないと。ねえロゼフ」
しかしアリシュアは大した事ないと笑って取り合わない。
「うん!」
絶対に分かっていない息子が高々と万歳して応えるが、フィーアスはすぐにそれを掴んで下させた。
いつもはその元気を消費させる為に手の空いた大人たちがこれでもかと遊んでくれるのだが、近頃は忙しいのか彼らが顔を出すのも稀のようだった。
「やっぱりお父さんが遊んであげるのが一番良いんじゃないかな」
「……でも忙しい人だし……」
と言いつつ、仕事が速い分サボる回数も多いと聞いている。その度にヴィンセントから説教してやってくれと言われているフィーアスだ。
「ダメダメ、忙しいからこそ子供とのコミュニケーションが大事なんだって。うちの旦那も仕事に忙殺されてた人だったけど、子供との時間は無理矢理作ってたよ」
フィーアスは息子の相手をしながら微かな驚きをもってその台詞を聞いた。
アリシュアの夫は既に故人だとは聞いていたが、彼女はそれ以上自分の夫の話をしたがらなかったのだ。話を振るといつも険しい顔で口を閉ざしてしまう。
キャネザという姓も旧姓だとあってはその夫の情報は皆無もいいとろこだ。
動揺が分かったのだろう。アリシュアがふ、と笑った。
「旦那に言っときなさい。将来子供から恨まれたくなかったら今のうちに優しくしておくことって―――じゃ、この話はおしまいっ」アリシュアはパンと膝を叩き、立ち上がって伸びをした。「さあてロゼフ、遊ぶぞー」
彼女が頼もしいのはこうした面も含まれる。運動不足を自覚しているフィーアスでは激しく動き回る息子を追いかけるだけでへとへとになってしまい、とても最後まで遊びきってやることが出来ない。その点アリシュアは汗一つ浮かべる事もなく、シフォンスカートを軽やかに捌いて軽快に動いて見せるのだ。子供の遊び相手も嫌がることなく引き受けてくれて申し訳ない反面、大変助かっている。
お気に入りのビニールボールを取りに行ったロゼヴァーマルビットが、二階からゼノズグレイドを伴って降りてきた。早速三人で庭に繰り出すのを見送り、フィーアスはテーブルを片付ける。
一通り遊び終わる頃には日も高くなり、昼食を食べると子供達はたちまち寝息を立て始めた。
「いつもごめんね」
帰り際の背中に向けて言う言葉も最早恒例で「こちらこそ楽しかった」との返答もいつも通りだ。しかしこの後が違った。
「ベースニックによろしく」
フィーアスは何も言えずに閉まったドアを見つめ続けた。
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