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 黎明祭の起源は残虐な侵略者からの解放を祝ったことだとされている。
 男が死んだ日を最終日に据え、安穏、急襲、蹂躙、撤退、空白、使者、終焉と当時の出来事を一週間にそれぞれ当て嵌めて七日間に渡って行われる。初日と最終日には首都でパレードを行うほか、一般開放された宮殿では各種演目が執り行われる。
 合唱もその一つだ。
 五日目の「空白」を除いた各日に二つから三つの対応曲があり担当省庁の合唱団が歌う。これにはそれぞれ投票箱が設置され、投票数の多かった楽曲・省庁は最終日に表彰されるのである。
 どの省庁がどの日に当たるかは毎年予選会が行われ内閣府及び元老院の選考委員によって選ばれ振り分けられる。予選を通るのも大事だが、どの日に当たるのかがどの省庁でも一番の問題だった。
 何故なら各日曲の難易度がかなり違うからである。
 例えば初日の「安穏」はおだやかで緩やかな曲調だが、二日目の「急襲」は緩急や音程の変動が激しく、三日目の「蹂躙」は終始重苦しい。選考委員会も重々承知しているのである程度の実力がないと「急襲」や「蹂躙」には選ばない。市民にみっともないものを聴かせる訳にはいかないからだ。
 歌う方も予選には通りたいが難曲は遠慮したいというのが本心である。
「予選にさえ落ちればそれも杞憂に過ぎないのにね」
 後で詳しく説明を受けた際、アリシュアはそう言って溜息を吐いた。
 ランティスが歌唱講師になる条件として外務庁に提示したのは次の通りだ。

1、 これまで第一から第三執務局の有志により結成していた歌唱団員はオーディションによって決定すること
2、 このオーディションには以下の参加資格を満たすこと
 ・一カ月間、通常業務を定時後三時間以内に完了させる
 ・ある程度体力のある者
3、 ランティス自身に用事があるので黎明祭本番までずっと練習には付けない。これを容認すること
4、 これらの条件全てを了承すること

 職員たちにとって一番の難関はオーディションの参加資格の一つ目、業務完了時間の指定である。
 現在この項目を通過できるのは第一執務局だけでも二割程しかいないのだ。第二、第三も同じだとしても、とても規定人数には届かない。
 誰かがそう指摘したが、ランティスは涼しい顔でその意見を切り捨てた。
「練習時間確保のために仕事を疎かにするような奴に祭りに参加する資格があろう筈がありません。
 ここは国政の場でしょう? 貴方がたの決裁が一日遅れるごとに国民が一年苦しむ。それくらいの意識がなくては人前で歌おうなど片腹痛い」
 これは誰の耳にも痛かった筈だ。
「と言う訳で、お前はオーディション参加決定な」
 静まり返る空気の中、何でもないようにぽんと言われアリシュアは仰天した。
「は!?」
「体力あるし、そもそもこの程度なら五、六時間で終わるだろ。はい、決定」
「ふざけるな、私、歌なんて……」
 これまでは有志による参加だったのでアリシュアはバックアップ要員だったのである。断固拒否したがランティスが「決定が呑めないなら講師の件も無しだな」などと言うので慌てた周囲に詰め寄られ渋々了承してしまった。
 このくそ野郎……、と睨みつけるがランティスは飄々としている。
「俺は歌しか取り得のない能無しだから、せめて歌では妥協したくないんです」
 同情を集めるかのように職員たちに向かって言うので、アリシュアが白い目で見られる破目になってしまった。
 更にこの事態の連絡文書の作成と宮殿への民間人の入出許可申請もアリシュアに回ってしまった。貧乏くじを引かされた気分だ。
 オーディション曲は最終日に全合唱団で歌う曲に定めた。予選での指定曲でもある。
 楽譜のコピーを手に入れたランティスはアリシュアの制止も無視してその場で独唱して見せ、大いに職務を妨害した。



 


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あきゅろす。
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