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 言われて振り返れば、ランティスと口論しているのは第一執務局の入り口である。中は勿論、廊下にも筒抜けだった。
 同僚たちの苦笑いにさすがに気まずくなる。
「……客室を使ったらどうだ」
 呆れ顔のタインが気を利かせて言ってくれたが、それはキースレッカが固辞した。
「すぐお暇しますので」
 そもそもここへ来たのはアリシュアに帰郷の挨拶をする為であったらしい。告げられた瞬間、分かっていても金槌で殴られた思いがした。
 ギッ、とランティスを睨む。が、第二ラウンドをしている場合ではなかった。
 お世話になりました、などと頭を下げてくるキースレッカの肩を思い切り掴む。
「ちょっと待って! 話があるって言ったでしょ!?」
 するとあからさまに顔を引き攣らせた。
 暫く黙って「……怖い系の話ですか?」
 怖くないと断言して自分の机に取って返す。用意してあったメモをカバンから取り出し舞い戻ると、それをキースレッカに差し出した。
「?」
 メモにはとある施設の名称と住所と連絡先、担当者氏名とID番号が書いてある。一緒に覗き込んだランティスも首を傾げた。
「キース、あんたにはね、血を分けた兄弟がいるの」
 二人ともぽかんとしている。辛うじてランティスが「は?」と返した。そこに、とメモを示す。
「その子の養育を委託したの。無事生育して人口子宮から出たって報告が来たし発育もいいから併設する養護施設へ移ったときも連絡が来た。無事成長していれば……」
「ちょ、ちょっと待って下さい……え、何の話ですか?」
 遮ったはいいものの思考が追い付かない、といった反応だ。アリシュアも分かっていたので最初から説明を始めた。
「ミトスはね、実はあんたを産む前に二度妊娠してるの」
 しかし彼女は根っからの子供嫌い。夫が側に居ないのをいいことに堕胎したのだ。慌てて駆け付けた時には既に処置が終わっていた。
 しかし二度目のときは辛うじて間に合い、せめて安定期に入るまで待つよう説得したのだ。せっかく授かった命、無下に殺してしまうのはあまりにも痛ましかった。
 しつこく食い下がったのが効いたのか、彼女は何とか了承してくれた。彼女にしてみれば手術台に寝るのが早いか遅いかの違いしかないのである。
 摘出された胎児は用意の人口羊水に入れられ、手配した施設に移送された。施設の選定や申し込みは全て当時のアリシュアが一人で行った。この件が子供の父親の耳に入ることを恐れての処置だった。
「……確かに、そんなことクウインドに知られたらまた大喧嘩だったな」
 ランティスが静かに同意を示すが肝心のキースレッカは何も言わずメモを見ている。
「子供の件を知っているのはミトスの周りの数名と私とアル、あと医者連中だけ」
 するとキースレッカは「アルさんは何でも知ってるんですね」と笑った。
「一応貰っておきます。でもアリシュアさんには悪いですが、関係ないですよ」
 冷たく「関係ない」と切って捨てたその言い方が己を産んだ女とそっくりだという事を、この子は知らないのだ。
 キースレッカはひらひらとメモを振る。
「俺がこの人なら、親の愛情を受けてぬくぬくと育った弟になど会いたくはありません。それにただ血が繋がっているだけでしょ? 赤の他人ですよ」
 予想していた返答だった。
 この子にとって血の繋がりなど殆ど意味がない。
 血が繋がっているからクウインドを父と呼んだが、血が繋がっていてもミトスを母とは認識しなかった。
「……それはお前自身に血縁者がいるから言えるんだ。俺たちにはそんなのはただの傲慢に聞こえるし、何よりクウインドの息子のお前がそんなことを言っては駄目だ。分かったな」
 ランティスに諭され、キースレッカは静かに頷く。
「アリシュアさん、また来てもいいですか?」
 たまらず抱擁した。
「勿論」





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