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 今日も今日とて定時に仕事を終わらせたアリシュアは一人帰路につく。
 宮殿から一歩出ると昼間は晴れていた空が一面重たい雲に覆われていた。夕方とはいえ空気もひんやりとして一雨来そうだった。
 駐車場まで歩きながらそれにしてもと昼間のことを思い返す。まさか不倫などと言われるとは思わなかった。
 キースレッカは自分の言った台詞に衝撃を受け、いくら否定しても全く耳に入っていない有様。本当はもう一つ話しておかなければならなかったのだが、「キャパオーバーです」と言って逃げられた。
 あとでランティスに確認すると無事ホテルには戻っているようで安心した。あの様子ではふらふらと道路に飛び出してもおかしくなかったからだ。
 車に乗り込み走り出す。一般道に出た辺りでぽつりぽつりと雨が降り始め、いくらも経たずに本降りになった。
 夕方のこと、歩道には人が多く行き交っていたが、彼らは雨を避けようと店舗の軒先に入ったり用意のいい者は折り畳み傘を取り出したりしているようだ。道路を進むにつれ傘の数が増えていく。
 そんな中、左手の歩道に傘もささず濡れるに任せている数人の集団の横を通り過ぎた。特に気にも留めなかったのだが、信号待ちで停車した時、何やら背筋を這い上がるような悪寒を感じた。後続車の鳴らすクラクションの音で慌てて車を発進させる。サイドミラーで確認しても既に先程の集団は見えない。
 自宅マンションの駐車場に車を止めてもやはりまだ気になっている。何か、とんでもないものを見落としたような気が。
 アリシュアは助手席に置いた鞄の中から以前世界王が外務庁に提出したモスコドライブの在庫確認及び紛失物の捜索回収調査報告書を取り出した。
 外務庁はこの報告書を極秘裏に内閣府にも提出している。神も含めた内閣府上層部は閲覧している筈だが何の沙汰もない。危機感が足りないのか出鱈目だと思っているのか。両方だろうと苦々しく言ったのはタインだ。
 所有者に関するページを開く。
 どいつもこいつも怪しく感じるが、先程の悪寒の正体はこいつらではないと妙な確信があった。二十八台の不明分の所有者、という可能性は勿論ある。が、先程の感覚と紙面の人物たち――何か引っかかるような……
 雨が激しく車体を打ち、密閉してある車内にまで音が漏れ聞こえてくる。駐車場のアスファルトを打つ音、梢を鳴らす音、道を行く人の濡れた足音、傘を打つ音、ザアザアザアザア…………
「――――」
 アリシュアは諦めて書類を仕舞った。思い出せない。
 ミトスとはずっと連絡を取り合っていた。セルファトゥス、ランティス、そしてキースレッカにも再開した。
 それぞれの場所が変わっただけであれからずっと変わらず続いていると思っていた。しかし違ったのだ。
 キースレッカは見違えるほど大人になったし、ミトスは連絡を拒んだ。何よりアリシュア自身に大きな変化があったのだ。
 その変化の時間が、古い記憶の前に立ち塞がる。
 自分の管轄下ならいざ知らず、他部署となるともうかなり朧げだ。正直、世界王紅隆でさえ思い出すのに暫くかかったのだ。
 傘がなかったので鞄だけ庇ってマンションの正面玄関へ急ぐ。自動ドアを潜るとそこに男が一人待っていた。
「お前、俺の可愛いキースに何した?」
 ランティスである。
 仁王立ちでのお出迎えだがアリシュアはびくともしない。
「……お前こそ、帰りの期日が前倒しされてるなら先に言え。仕事なんてさっさと済ませて構いまくったのに」
「はあ? だから一月だっつったろ?」
「有給取ってるって言ってただろうが!」
 エントランスで睨み合う。
 キースレッカの件を掘り下げさせる訳にはいかなかった。狭いうえ音の響く場所だがまるで負ける気はしない。「声」を出させる前に仕留めてしまえばいいのである。





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