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内閣府などから見れば第一執務局員などその他大勢という括りでしかないだろう。しかし入省一年目から十年目までが集うこの階層では第一執務局員など目も眩むような存在らしかった。対応してくれた女性職員は随分緊張していたようだった。
生憎、アリシュアは一年目当時でもそう感じたことは全く無かったが。
ここの総務省員たちは当然アリシュアとカインが親子なのは承知だし、何度か様子を見に来たから面識もあった。そのお陰でカインが来るのにそう時間はかからなかった。
「どうしたの?」
そう言いながら現れた息子は、母の後ろにいる青年に気付いて足を止めた。
誰だ、という目になる。
アリシュアはその無言の問いには答えず、既に放心状態のキースレッカを腹を叩いて起こした。
「キース、これが私の息子のカイン」
よろしくね、と紹介して先に反応したのはその息子の方だった。
「……キースって……もしかしてこの人、キースレッカ・アデルンティスラ……さん?」
「……私をご存知ですか……?」
今にもひっくり返りそうな声でキースレッカが尋ねる。カインは物珍しげに相手を見つめながら頷いた。
「母の昔話に良く出てきましたから……」
この台詞は過たずキースレッカの残り僅かな平常心を完膚なきまでに打ち砕いた。「母……」と鸚鵡返しに呟いている。
「……よ……養子ですか……?」
動揺を何とか鎮めようとしてかそんなことを言うが、とんでもないことだ。
「馬鹿言うな。腹を痛めて産んだ私の実子だ」
キースレッカは知らない言葉を聞いた時のように暫くぽかんとしていた。いくら待っても反応を見せないので様子を窺うと、なんと器用にも立ったまま気絶しているではないか。
呆れたアリシュアは胸倉を掴んで転倒を防止すると思い切りその横っ面を引っ叩いた。
カインは自分が打たれた訳でもないのに頬を押さえる。母親のビンタの威力は身をもって知っていた。
「…………あ…………ありがと……ございます……」
打たれた姿勢のままキースレッカが震える声でいう。打たれたのに何故「ありがとう」なのかとカインは内心首を傾げるが、当の本人たちは全く疑問に思っていないようだ。
アリシュアが掴んでいた手を離すとキースレッカはたたらを踏んで、よろよろとそのまま廊下の壁に激突する。
「このことは他言無用ね。この秘密を漏らしたらいくらあんたでも赦さないよ」
「……は……」
凄まじい動揺ぶりだった。
しかしキースレッカも不動の専門訓練を受けた身だ。何とか足を踏ん張って身を起こした。
ただ、完全に虚勢の域を出ない。
「……ていうか、一人暮らししてたじゃないですか……。あれは……?」
アリシュアの部屋は家族で使ってもおかしくない間取りだったのは確かだが、その中身は複数人が使うにはコンパクトだった。
「この子はご覧の通りもう成人してるし、旦那は随分前に死んだの。だから、私は一人暮らしで間違いないよ」
旦那という単語にキースレッカは再びダメージを受ける。そうですか、と何とか返事をした。
「じゃあ、あのお墓の人ってご主人だったんですか? ……でも中身は空だって……」
一瞬目を輝かせて母を見たカインだが、直ぐに落胆の表情になる。それでも前進には違いなく「行ったんだ」と呟いた。
「……事情があって遺体は戻ってこなくてね。でも別の場所にちゃんと埋葬されてるから」
その寂しげな様子にキースレッカの脳はある可能性を弾きだした。恐る恐る訊ねる。
「……まさか不倫ですか……?」
アリシュアの絶句を肯定と取ったキースレッカは思ってもみなかった事態に眩暈がした。キースレッカの知るアリシュアは決してそんな人ではなかったのに。
アリシュアもまさかこの子にそんなことを言われるとは、と衝撃を受けていたので否定が遅れてしまった。
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