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 男を監視し始めて数日でアリシュアは一つの結論に達した。
 オルネラ・チェスティエが一流ならあの男は二流だったのである。他の職員は騙せてもアリシュアの目は誤魔化せない。
 しかも一緒に昼食を取ろうと呼んだキースレッカにすら「あの人、何か変じゃないですか?」と言わせる始末。チェスティエが自分の後釜として寄越したにしてはレベルが違いすぎるのだ。
 混雑する食堂で開いている席に何とか滑り込む。注文した品が届いたとき、話のついでのようにキースレッカが言い出した。
「俺、来週末にでも帰ろうかと思ってるんです」
 耳に入ってきた台詞を咀嚼するのにややかかってアリシュアは「え!?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。
 食事に手を付けるどころではない。
「ゆ……有給取ったんじゃなかったっけ?」
 キースレッカの職場は半住込み制で、いざ仕事にかかると二月から三月は出てこない。その代り休みは丸々一月あるのだが、今回キースレッカはその一月の休みに加え溜まった有給を半月分取ってここへ来ていた。
 キースレッカが来たのはいつだったかと記憶を探るがまだ一月弱だった筈だ。
「いや実は、ここへ来る前にも二ヶ所立ち寄っていてそこで十日くらい使っちゃってるんですよね。それに仕事の前に家の雑務もありますし」
 アリシュアだってぎりぎりまでいるとは思っていなかったが……
 だんっ、とテーブルを叩いて立ち上がった。
「あんたは! なんでもっと早く言わないの!?」
 分かっていれば時間を無駄になどしなかった。仕事なんてちゃっちゃと終わらせて早退して、キースレッカと遊びまくったのに。
 食事が冷めてしまうと言われ何とか怒気を引っ込めて座り直す。周囲の視線を感じたがそれどころではない。
「……ランティスには言ったの?」
「ええまあ、来るときに」
 アリシュアは俯けた顔をさらに逸らして歌狂い男に向けて舌打ちした。何も聞いていない。後で蹴りの一つでもしないと気が済まなかった。
 制限時間が迫っていると分かると俄然やるべきことが浮かんでくる。遊園地、水族館、動物園……と上げ連ねていくと「子供じゃないので」と苦笑気味に止められた。
「じゃあ……」
 うんうん唸りながら忙しなく口を動かす。
 垣間見れば向かいでは何事も無かったかのようなつるりとした表情で皿の上を開けている。その様子が一瞬親友の姿と重なった。
 やはりこれしかない。キースレッカには悪いが、こうなってはこの子の心情を慮る余裕はなかった。
 食事を済ませるとアリシュアはキースレッカの手を引いてずんずんと歩き出した。最初は小走りになっていたキースレッカも、やはりコンパスの差がものを言って半身だけの遅れで付いてくる。
 エレベータに乗り込み下降ボタンを押してようやくアリシュアは「実は」と切り出した。
「私がこっちに来たのには理由があるの」
 理由、と繰り返したのでそうだと頷いてその顔を見上げた。
「このことを知っているのは極々僅かしかいない。この間私の秘密について話した時アルの名前が出たけど、そのアルフレディンとミトス、それからフリューゲルって医者の三人とこっちの爺さんが一人」キースレッカの表情が強張ったが無視した。「キース……私ね、こっちで結婚したの」
 これまで殆ど微笑以外の変化が見えなかったキースレッカの表情が凍りつく。棒を飲み込んだようになっている。
 下降が止まりドアが口を開ける。アリシュアは再び手を引いて歩いたが、今度はぐいぐい引っ張らねばならなかった。
 アリシュアが目指しているのは総務省だったが、後ろの様子を見るに息子と引き合わせたらキースレッカはその場で心停止しそうだった。
 カインの職場は総務省の三階にある。今年入省の新人でまだ仕事内容は雑用に毛が生えた程度だろう。呼び出してもらった。





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あきゅろす。
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