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 結論から言って、極秘裏に届いた調査報告書にはアリシュアの望むものは何一つ書かれていなかった。
 捕縛したのは全員下っ端で詳しいことは何一つ聞かされていない。一人だけ首謀者級らしい者と会った者がいたが、調べてみるとその相手は裏ルートで出回っている汎用型の義体で、文字通りの操り人形だったのか誰かが乗っていたのか判別することは出来なかった。
 モスコドライブも確保できていない。
 ただ、これだけ綺麗に捜索の手を逃れられるとなるといよいよ元ジオ関係者である可能性が濃厚になってきた。それも恐らく上層部にいた者だ。
 現在のゴルデワ情勢は公国内の穏健派と一触即発状態だという。相手が穏健派であることには驚いたが、そんな微妙な情勢を読んで事を起こすタイミングの計り方を心得ているのは上層部、しかも恐らく世界王直近の誰かに違いなかった。
 公園内の次元口は紅隆の手の者が秘かに封鎖したとある。
 確かに、蜥蜴のしっぽしか手にしていない状態でサンテ政府にこれを報告するのは危うい。
 開示すれば対磁力場工事を進んでやるようになるだろうが、その前にパニックは必至だ。更に言えばアリシュアと紅隆の内通を糾弾されるのは目に見えており、そうなった時率先してアリシュアを追い落としにかかるのは間違いなくヴァルセイアだろう。
 アリシュアが罰せられれば類はカインにまで及ぶ。それだけは断固阻止せねばならなかった。
 中央ホールの三階エントランスの隅にある簡易ソファに座っていたアリシュアは人が近づいてくる気配を感じ何度も読み込んだ調査報告書を閉じた。
 顔を上げると左手の廊下をスーツ姿の男が一人通り過ぎていった。壁に遮られて姿が見えなくなるとそっと息を付く。
 どうにもこのところ宮殿内で妙な気配がするのだが、気にしすぎかもしれない。
 紅隆の間者は既に撤退しているというしオルネラ・チェスティエが戻った訳でもなさそうだ。
 さすがに疲れているのかなと首を回す。
 昔と違うということが最近頓に身に沁みる。何をするにも慣例や規則で雁字搦め。状況に対応して新しいことをするまでに時間がかかる。
 変化を恐れているともいえるだろう。
 先代の世界王が介入してきた時点で、状況という湖面は動き出したのだ。昔のままでいられる訳がないのに。
「…………」
 アリシュアは大きくため息をついた。
 変化を拒絶して平穏を望んだのはサンテ政府ばかりではない。アリシュアも一人、知っていた。
 キースレッカの母親だ。
 彼女のことを思うと鬱々とした気分になってくる。頭を振って親友の残像を振り払ったとき、アクリル製の転落防止板越しに階下の正面入り口から同僚らしい数名と一緒に息子がやって来るのが目に入った。
 立ち上がって手摺りに寄り掛かる。
 息子は隣の青年と談笑しながらアリシュアの足元に消えて行った。こちらには気付かなかったようだ。
 三日前キースレッカと秘密について話した時、曖昧な返答で濁したものの一つが息子の存在だ。
 あの通信機は親友と連絡を取り合うための物だ。子供嫌いの彼女には遂に息子を会わせなかった。だから代わりに――というのはキースレッカに悪いだろうか。
 眼下では縦横無尽に人々が行き交う。皆忙しそうだ。
 その中の一人にアリシュアの目は吸い寄せられた。よく見れば先程横を通ったスーツの男だ。
 離れていく後ろ姿にすぅ、と体温が引いていく。この感覚はチェスティエを最初に見つけた時と同じだった。
 ここのところ感じていた気配の正体。
 あいつだ、とアリシュアは確信して、手摺りから身を離した。これ以上見ていては気付かれる。その絶妙なタイミングはやはり昔取った杵柄だ。ブランクも体に沁みついた反射が上回った。
 こんなことなら気を回さず侵入者の存在を密告しておけば良かったが後の祭りだ。





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あきゅろす。
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