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APH/novel
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「おいしゃ、…さん?」



彼の声をはじめて耳にした。部屋の中から漏れてきたか細い声。刺の無く柔らかな、それでもどこか暗さを孕んだ弱々しさも感じられる……まるで小さな子供が怯え、側に居る大人にすがっているような声。


「ええ。」


菊の声は相変わらずそれ以上に柔らかだ。此方からは見えないが、あのふんわりとした微笑みとこの声が組み合わされたら俺だって安心するに違いない。


「…きくの、…ともだち…?」
「はい。フランシス先生は私の大切な大切なお友だちです。……ご挨拶しても構いませんか?」


それからややあってから菊が部屋から俺の方へと顔を向けて顎で中に入るようにと指す。菊の表情は微笑んだままだった。青年の反応する声は聞こえない。でも、菊がそう指示を出すと言うことは頷いてくれたのかも。……声だけで人物像を判断するのは難しいが、もしかしたらこのか細い弱々しい声からしてかなりナイーブなのかもしれない。


…うまくいくといい…けれど。



そう心の中で固唾を飲み込みながら足を進める。お気に入りの靴が床に当たる音がやたらと大きく聞こえた様な気がした。


菊が支えてくれている扉の中へと体を擦り込ませて、彼がいつも自分にもしてくれたように微笑みを作る。菊ちゃんは何時だって俺のお手本だった。そして顔を上げた。


直後、視界に映ったのは、そう。





(………絵画。)




それが第一印象だと言っていいものなのか否か、ただ……。白い個室の病室。真ん中に置かれた広く大きな白いベッド。横にはお兄さんか弟…はたまた友人だろうか、青年が居て……。


ベッドに佇む彼本人はまるで美しい人形の用に無表情で、無機質だが深みのあるエメラルドで俺を見据えていた。


色素の美しい金髪は切られていないのか(刃物に反応するのかも。)背中の肩甲骨ほどまでに伸ばされ、


質素な薄緑のパジャマ越しに見える真白の肌を纏った身体は線が細く、少しだけ痩せているようにも見受けられる。


ぼんやりとした緑の宝石は影が射していたけど濁りの無い、まるで森の奥に吸い込まれそうなくらい美しい色合い…。



良く『強く抱き締めたら壊れそうな…』なんて表現があるけど、それより。



(…抱き締めどころか、少しでも強く爪を立てでもしたらすべて壊れそうな位の……。)



脆さ。




「あの…先生?」

「あ……いや、すみません。気にしないでね、……お兄さん?」


余りにも青年に目を奪われていたからだろう、隣に立っていた彼が声を掛けてくる。俺は一体何をしているんだと軽く首を左右に振りながら微笑み直してそう挨拶代わりに問うてみるのだが、


「……俺は弟だよ。良く間違えられるけどね。」



まだうら若き青年はむすりと膨れてしまう。兄が弟に間違えられて膨れてしまうのはわかるがその逆で機嫌を損ねてしまうとは予想もしていなかった。否定するにしても大方苦笑い辺りで謙遜するような反応を想像していた……のだが、良く見るとこの子、髪も目も目の前の彼とあまり似ていない。

髪の毛は金髪寄りだが少し茶色を含み、体格は俺よりも少し背も高い。眼鏡越しの宝石は雄大で自由な空の色を映していた。



(……家庭でなにかあったのかも、な。)



俺はすかさず表情を緩め、

「ああ、そうだったのか…失礼をしちゃったみたいで本当にごめんね。」


そう言葉を紡ぐと、眼鏡の彼は「別にこんな事で怒ったりなんてしないよ」なんて元気良く頷いてくれた。俺はそれにもにっこりと微笑みを返してから人形のように佇む兄へと振り返った。



「こんにちは、アーサー。俺の名前はフランシス・ボヌフォワ。好きなように呼んでいーよ」


なるべく警戒心を生まないように。そう気を配りながら優しく柔らかく声を掛ける。


ちら、と俺の瞳へと小さく向けられた碧の宝石は数回居場所をさまよってからすぐに反らされてしまう。


暫く戸惑いを隠せずに子供のように彼はう…、だの、あ…、だのと小さく唸ってから漸く俺の目をじっと見上げた。


「……アーサー、…カークランド……です…。」



不安に満ちた声と狼狽の多い様子だったが構わない。



(……この段階として、満点の挨拶、かな…。)



相手からも自己紹介が返してきてくれたことが、ただひたすらに嬉しかった。




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