[携帯モード] [URL送信]

APH/novel
regression_1__02




ふと、ちらりひらりと舞い散る桃色を見つめる。


日本という国はいい。この桜だって建物の中からと言えど自分の視界に美しくも儚い花弁が映り込む様子は見ていてついつい溜め息を溢してしまう程だ。


「フランシス先生」


一仕事を終えて休憩に入っていた彼を呼び止めたのは、落ち着ついた優しげな雰囲気を纏わせ、それでも尚しっかりとしたイメージの持てる声だった。


「菊ちゃん」
「はい。…ふふ、フランシス先生は桜がお好きなようですね。」
「あら、解るの?」
「こんな廊下で、まるで子供のように体を後ろ向きにしてじっと眺めていらっしゃるものですから。」


品のある笑み方で頬を緩める黒髪の友人兼上司。
この菊という男はたおやかで、優しくて、人の気持ちや人の心境を誰よりも読み取る才能がある男だ。

だからこそ、この世界で凄まじい活躍をしているんだとフランシスは思う。



「っはは、やっぱちょっとはしたなかった?」
「いえいえそんな。…ただ、少しだけ意外だったもので。フランシスさんがそこまで没頭して心を奪われる様をお見掛けするのは余り無い事ですから…。」
「まぁーなー。……でもほら、こんなにも綺麗な桜を見ていられるのも残り三日でしょ。いやまああっちに帰らなくちゃいけないのも俺が決断したことなんだけど。……それでもここでの生活は楽しかったから、ちょっぴり寂しいなぁって思って。」



そう。


フランシスはこの日本の有名な大病院で働く、フランス出身の精神科の医師で有る。

生まれも育ちもフランスで有ったが、医師免許を取ったばかりの頃にたまたまフランスに観光に来ていたいくつか年上のこの菊という男と知り合った。
そのとき菊は既にこの日本の大病院の医師のトップであった。(とはいえフランシス本人でさえ菊の年齢は解り得ないのだが。)

様々な話をするうちに、まだ何処の科として医者としての仕事をするか決めていなかったフランシスに「うちの病院は凄く大きいんです、宜しければ見学に来ませんか?」なんて話を持ちかけてきてくれたのだ。


26とはいえ、この医者という業界ではまだまだうら若きフランシスはそれを承諾して日本へと飛んだ。



「まさか飛んできてすぐに働かせて貰えるなんて夢にも思ってなかったけどね。」
「私の担当は精神科です。だから、優しい貴方なら未熟さが有っても他の科と比べてカバー出来るんじゃないかと思って任せたんです。……見学とはいえ、実践しない限り解らないことは沢山有りますから。」
「菊ちゃんってば後輩育成上手なんだから……。」

「違いますよ、後輩のやる気を高めるのが得意なだけです。」



後は頑張ってくれる後輩の素質次第ですから。そうにっこりと笑う菊に釣られて自分まで微笑みを浮かべてしまうからこの男の雰囲気というものは不思議だ。


「しかし、何故フランシスさんまで精神科に?」
「え、あ、ああ、いや……」
「あ、いえ。何か言いにくい物があるならば無理せずとも……」
「えっ、あ、ち、違うよ!……ちょっと照れ臭いだけ。この3ヶ月の間ずっと精神科のお仕事を頑張って来たわけでしょ。……菊ちゃんの患者さんに対する優しさだとか努力だとか、そういうものを見てるうちに俺も何処かで菊ちゃんに憧れを抱いたんだと思うの。……だから、その、…フランスに帰ったら精神科として、病院に入ろうって思ったの。」

「……フランシスさん。恥ずかしいだなんてそんな、嬉しいです。ありがとうございます。……貴方ならいい医者になれると思います。」
「いやいやお礼を言うのは俺の方だよ!……こんなとこで俺なんかに学ばせてくれたんだもの。あわよくばフランスの病院にまで俺を紹介してくれて……。」
「ただ馴染みのある病院があって、…貴方には才能を感じた。だから私は貴方という素晴らしい存在をその病院に教えてあげただけです。」
「で、でもやっぱり俺は菊ちゃんにやって貰いすぎだと思うんだけど……。」

「私は人を救えるこの仕事を誇りに思っています。だから……人を救える才能を持つ人にはちゃんとした学び方を通ってほしいだけなんです。……それに貴方だってやって貰いすぎな事、ないと思いますよ?」



そう薄く微笑んだ彼は、フランシスから目線を移し変えて違う方向を指す。
菊の目線の方向から小さな足音がばらばらと聞こえてきたこともあってフランシスもそちらへと目を向けた。


「「フランシスせんせー!」」
「うわっ!?…っははは、こーら!痛いでしょ。」


駆けて来た数名の小さな子供たちがフランシスの座っているベンチまで来るなり次々と彼に抱き付いたり、ダイブしたり、ふざけて軽く叩いたりとする。
フランシスは幸せそうに笑って、子供たちの頭を撫でてやったりするのだ。


「せんせぇ、しあさってにかえっちゃうの?」
「うん、先生お勉強いっぱいしたから次はフランスで困ってる人を助けにいかなくちゃいけないんだ。」
「じゃあせんせーともうおままごとできないんだ」
「そんなこと無いよ、何時になるか解らないけど、もしまた時間が空いたらここに来て皆でまた遊ぼう。…それじゃ駄目かな?」
「ううん、大丈夫!!」



(……フランシスさんは、やっぱり優しさがある。医者としての一番の才能を持っている。)



その様子を、菊は至極穏やかな目で微笑みながら見詰めていた。






[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!