記憶の欠片 完 全 朝から慌しい。 着物を纏い、部屋から顔を出すと高杉たちが集まっていた。 私には関係ないか。 そう思って部屋に戻り、布団を片付けていると、 「千咲さん。用意するッス」 また子さんに呼ばれた。 「何処か出かけるんですか?」 「ついてくればわかるッス」 身なりを整え、また子さんと共に歩いた。 着いた所は私が働いていた場所。 頭が、痛い…!! 頭を抱えて座り込んだ私の腕を握った高杉が、立ち上がらせる。 「ほらよく見ろ。見て思い出せ」 引き摺られるように工場の中へと連れて行かれる。 廃墟と化してしまった工場内は埃っぽく、痛む頭を抱えたまま、私は進む。 機械音と共に、せりあがってきた物体。 眩しい… 目を背けた私に、高杉が肩を抱いて耳元で囁く。 「思い出せたか?忘れたわけじゃあるめェ?」 頭が、割れるように痛くなり、頭を抱えてしゃがみこむ。 「……高杉様、当社総出で作らせて頂きました」 社長の声。 「どの位の威力かは試してあるめェ?」 くっくっと笑う声… 「失礼致します」 お茶を運んできた私が、隻眼の客にお茶を出していると、視線を感じた。 「あ、あの…?」 「千咲くん。高杉様にご挨拶しなさい」 社長に促され、名を名乗る。 「…千咲か」 名前を呼ばれただけなのに、悪寒が走った。 その場に居た堪れなくなり、社長室を後にする。 「あの時の客…」 「ほう。思い出したか」 それで私を知っていたのか。 でも何故私を匿った? 「パスワードはなんだ?」 唐突に高杉に聞かれた。 「パスワード?」 「思い出せ」 思い出しようがない。 記憶が戻ったとしても、そのパスワードということ自体、知らないのだ。 「知りません」 「記憶が戻ったんだろ?」 「最初から知らないことは、思い出せない」 表情が全く読めない高杉が私を見据える。 「嘘は吐いてねェか」 ふぅと煙管を吹かし、事務所があったドアを蹴飛ばした。 「千咲おまえなら分かるだろう?」 「何が」 「去年の総生産額だ」 「え?」 総生産額? そんなものがパスワード? 訝しい表情で高杉を見たが、強い力で事務所内に引き摺り込まれると否応なしに探させられた。 あの時のままなのだろうか? 血飛沫の痕跡が生々しい。 それから目を逸らしながら、私は記憶を辿る。 経理台帳?報告書? それのどちらかに書いてあったような気がする。 自分の席だった場所にも血の痕跡があり、恐る恐る引き出しを開ける。 「晋助さん、あれは一体何なのですか?」 「おまえここの社員じゃねェか」 知らないのか、とでも言いたいのだろうか。 「すみません。全く聞かされていなかったです」 「簡単に言えば爆弾だ」 江戸中が吹っ飛ぶぜ、と口の端をあげた。 「そんな、そんなものを作ってたなんて…」 「とんだ会社だな」 パスワードを教えてしまったら、江戸中が火の海になる。 記憶が戻ったのに。 帰る場所がまたなくなる… 土方さんにも、会いたい。 会って謝りたい。 全部思い出したよって、伝えなきゃいけないのに。 作業の手が止まった私を高杉が気付き、刀を抜く。 「妙な真似したら、殺す」 本当に殺す。 高杉から感じる殺気に私は作業を開始した。 [*前へ][次へ#] [戻る] |