記憶の欠片 黒 髪 記憶は戻らないものの、また子さんのおかげで傷は完治し、私は外にも出れるようになった。 今日は、高杉と共に祭りに行く。 買って貰った浴衣を着て、先を歩く高杉に声をかける。 「晋助さん」 振り向きもしない。 慣れない草履も痛いのに。 立ち止まり、鼻緒に擦られて赤くなった足を見ていた。 「早く来い」 目の前に立ちはだかる高杉に、私は微笑む。 「すみません」 はぐれないようにかどうかわからないが、私の手を取る高杉が意外だった。 祭りは賑わい、いつも笑わない高杉が少し笑っている。 「祭り、好きなんですか?」 「あァ?」 なんで睨むんですか… 大きな広場に行くと、高杉が私から離れる。 「何処行くんですか…?」 チラと、私を見た高杉が溜め息をつく。 「30分で帰って来る」 そう呟くと、元来た道を歩いて行き、見えなくなった。 ベンチに座るが落ち着かない。 私には、高杉しか知らない。 此処の場所もよくわからない… こんなことなら、また子さんも誘えばよかった… 「千咲か!?」 名前を呼ばれ、顔を上げる。 黒い制服を着た黒髪の男。 瞳孔を見開いて、私を見ている。 「おまえ…何処行ってたんだ!?」 強く抱き締められた。 懐かしい、煙草の臭い。 「……誰?」 懐かしいのに、涙が出るのに、誰だかわからない。 「千咲…?」 「ゴメンナサイ…記憶が、ないみたいで」 貴方のこと思い出せない、と私は小さく呟いた。 「記憶喪失…か?」 「…ゴメンナサイ」 「俺は…おまえの」 「おい」 黒髪の男の背後に高杉がいる。 私から離れた黒髪の男の背中には、鞘から抜かれていない刀が突き当てられていた。 「おまえは…!」 高杉が私の手を取り歩き始める。 「待てっ!高杉ッ!」 背後から声がする。 「晋助さん、あの人誰ですか?」 「おまえは知らなくていい」 抱き締められた時のぬくもりも、煙草の臭いも懐かしかった。 私を知っている人… [*前へ][次へ#] [戻る] |