恋愛未遂
5
特別が欲しいわけじゃない。
たった一言。
それだけでよかったのに。
【恋愛未遂】
「先生目が怖い…」
心で呟いたつもりが口から出ていた。
こちらに向いた視線も身も凍るようで思わず目を逸らす。
「何お名前怖がらせてんだよ」
銀八のせいだよ、と言おうとした私より先に先生が表情を和らげた。
「悪ィ」
素直に謝る先生に私も銀八も目を丸くする。
「……素直すぎて気持ち悪いんですけど」
銀八の呟きに私も同意し、舌打ちした先生が銀八を蹴ったらしい。
銀八の口から妙な叫び声が聞こえた。
「俺とこいつの中で解決してんだからいーだろうが」
面倒臭そうにそう呟いた先生に今度は私が素っ頓狂な声をあげる。
「は?何それ」
「あ?」
「全然解決してませんよ?確かに私が思っていたことは少しだけ伝えました。でも先生の言葉は聞いてない」
私の言葉に黙り込んだ先生。
その先生を見つめる私。
「ホントおまえら面倒臭いわ」
そう呟いた銀八が立ち上がって「ごっそーさん」とリビングのドアを開ける。
「え、銀八?」
「月曜日はちゃんと来いよ?」
「うん」
ご飯美味かったぞ、と銀八は玄関を出て行った。
玄関の鍵を閉めて戻ってきた私を、先生は煙草を銜えて一瞥する。
「帰ったか?」
「うん。先生は帰んないの?」
「……何怒ってんだ?」
ふぅと煙を吐き出す先生が低い声で呟いた。
こういう男女のメンドクサイ関係が嫌い。
気持ちを察しろとは言わない。
言わないけど、一言だけでこのモヤモヤは晴れるんだよ?
先生はそれに気づいてくれない。
大人のくせに。場数踏んでるくせに。
「…お風呂入ってきます」
「あァ」
ビール片手に煙草を吸う先生をチラリと見遣ってドアを閉めた。
でもふつふつと湧き上がるこの気持ち悪さをどうにかしたくて…
「先生の馬鹿!!」
ドアを開けて言ってやった。
メリッとビールの缶が音を立てる。
「…馬鹿とはなんだ馬鹿とは」
「女いっぱい居たくせに何もわかってないんだね」
「いねーよ」
呆れたように溜息を吐いて煙草を灰皿に押し付けた。
その様子がどこか余裕で腹立たしくて悲しくなる。
「…もういい。お風呂行くから」
「お名前」
先生の呼ぶ声が優しくて鼻の奥がツンとしてきた。
「こっち来い」
「……先生が来たら」
そう返した私に無言で近づいた先生の手がこちらへと伸びて来る。
ぎゅっと目を閉じた私を先生は引き寄せた。
「おまえだけだ」
「だけ…ってなに…」
その言葉は、私を逆撫でする言葉。
特別を意味する言葉だけど。
私の嫌いな言葉だから。
「お名前、」
「すみません…もう、終わりにします」
そう告げた言葉と同時に目からは涙が溢れ出した。
あぁ、私先生のことちゃんと好きだったんだ…
きつく締め付ける先生の腕の強さにクラクラする。
脳に空気がいかない感覚に似ていて。
息の仕方も忘れそうになって。
これが最後なんだと思ったらまた泣けてきた。
20110614
⇒特別扱いが嫌いな女の子もいます。
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